外道ここに極まれり
「父上、どうかされましたか?」
突然のアルバートの出現に、フォルオは弾かれたように立ち上がった。
それを気にすることも無く、アルバートは淡々と告げる。
「新しい玩具が先ほど届いてな。お前も付き合え」
「……っ、それは」
彼の言葉にフォルオは息を詰まらせた。
何やら不穏な成り行きだが、何のことを言っているのか俺にはさっぱり分からない。
「私もこれは本意ではないのだが、わかるだろう。それもこれも全て、お前が考えを改めないからだ。私の後継であるお前がそれでは困る」
「間違っているのは父上の方だ!」
「あんなケダモノどもと仲良くしろと言うのか? 反吐が出る。良いか、私はお前と押し問答をするためにここに来たわけではない。従わないと言うのなら、お前の友人が細切れになるだけだ」
アルバートは帯刀していた剣を引き抜いた。
鈍く光る刀身は、フォルオが持っている魔剣と同じ物だ。
「貴様が人間でないことなど分かっている。言ったろう、こいつと付き合う人間などろくな奴ではないと」
アルバートの行動に刹那、身の危険を感じて飛び退く。
彼の実力は未知数だが、フォルオよりも上だろう。
なにより、あの魔剣がある限り俺が勝てる確率は限りなく低い。
緊迫した状況の中、アルバートの強行を止めたのはフォルオだった。
「彼は関係ないでしょう」
「ではどうすれば良いか、わかるな」
「……わかりました」
表情を歪めて、重苦しくフォルオは答えた。
状況は依然見えないが、何か悪いことがこれから起こる。そんな予感がする。
「俺も同行しよう」
「――っ、貴方には関係の無いことだ!」
「それでも放ってはおけない」
友人としてこの場にいるならば、おめおめと帰るわけにはいかない。
俺の言動にフォルオは俯いて黙り込む。
どうあっても巻き込みたくないみたいだ。
「良いじゃないか。そこのご友人とやらにも付き合ってもらおうか」
「……何をするつもりなんだ」
「なあに、少し食後の運動でもしようと、それだけだ」
薄暗い道を進みながら、隣を行くフォルオの様子を盗み見る。
先ほどから口数も少ないし、気落ちしているようだ。
彼らしくもない。
「大丈夫か」
「……はい。泣き言を言える立場にはありませんから」
無理に作った笑顔は泣き顔よりも痛ましく見える。
どうにかしてやりたいが、これから何が始まるのかさえわからない。
「アルバートは何をしようとしているんだ?」
「今向かっているのは屋敷の地下室です。嘆かわしいことですが、父は加虐趣味があるんです。でも自分では決して手を下さない。意味は分かりますよね?」
「最悪だな……」
昨日、フォルオが語った話もこれに通ずるものがあったのだろう。
半魔を嫌っているのならまだわかる。
けれど、それを自分の手を汚さずに痛めつけるなんて、まさに外道の所業だ。
到底、許されることはない。
「けれど、父に逆らえる人間はいません。僕が糾弾したところで聞く耳を持たないだろうし、半魔に組みするとなればそれだけで異端者ですから」
フォルオからしたらやりきれないだろう。
自分の父が蛮行に手を染めているのを黙って見ていられるほど、非道にはなれない。
そういう奴だ。
「そもそもどうしてそんなことをするんだ」
「半魔を嫌っているのは昔からですけど、ここまでの残虐行為を行うようになったのは、数年前からです。おそらく、父は僕をなんとか矯正しようと必死なんでしょう」
「……後継者として、ってことか」
「今更ですけどね。僕は父の反面教師として、ああはなりたくはないので考えを改めるつもりも無いのですが、いつも平行線のままです」
諦めたように、フォルオは息を吐く。
今回のようなことは、何も初めてではないのだろう。
その度に反発してきたが、あの男には何も通じず。
そりゃあ、期待するのだって馬鹿らしい。何もかも諦めたくもなる。
話ながらアルバートの背を追っていると、やがて終点へと辿り着いた。
扉越しに見る石造りの地下室には蝋燭の明かりが灯っていて、壁際に薄らと人影が見える。
「今回のは中々に活きが良い。手を抜くと食い殺されるかもしれんな」
嬉々として語ったアルバートの視線の先には、毛むくじゃらの半魔がいた。
ヒトガタではあるが、ガウルのようなウェアウルフとは違い、頭には立派な角が生えている。
爪は鋭く腕力も強そうだ。迂闊に近づけば怪我をしかねない。
「あれは見世物の商品だが、暴れて手が付けられないから処分してくれと頼まれた」
「……彼は誰かを傷つけたんですか?」
「いいや、そういった話は聞いていない。管理できないから、いらないのだそうだ。バケモノにはお似合いの末路じゃないか」
反響する笑い声に、我慢の限界だとでも言うようにフォルオはアルバートへ掴みかかった。
「……っ、そんなの、暴れて当然だ! 彼はペットじゃない、人間だ!」
「あれのどこが人間だと言うんだ。魔物と大差ないだろう」
鬱陶しげに掴んだ手を離すと、アルバートは扉の施錠を解く。




