アルバート
流石、王家の守護を司る騎士候といったところか。
立派な屋敷の門前で見上げながら感嘆の息が漏れる。
今の俺には無縁な世界だ。
「驚いた。本当にグランの人間なんだな」
「今まで疑っていたんですか?」
「いや、そういうわけではないんだが」
グランと言えば知らぬ人間がいないほどに有名だ。民からの信頼も厚い。
けれど、今日のフォルオを見て、少しもそういった感じは受けなかった。
むしろ厄介者に近い扱いを受けていたようにも思う。
「ジェフがそう思うのも仕方のないことです。僕の評価はあまり良くないですからね」
苦笑しながら、フォルオは屋敷の門扉を開く。
屋敷のエントランスに足を踏み入れると、使用人の女性が声をかけてきた。
「フォルオ様、お帰りなさいませ」
「うん、ただいま。父上は」
「御当主様なら、書斎におりますよ」
「そうですか。ありがとう」
「失礼ですが、そちらの御方は?」
「僕の友人です」
「ご友人ですか!?」
フォルオの紹介に、彼女はなぜかとても驚いていた。
そんなに驚かれることなんだろうか。
気恥ずかしい思いをしていると、彼女は俺に頭を下げてきた。
「フォルオ様の身の回りのお世話をさせてもらっているヴェラと申します」
「よろしく、お願いします」
「もしかして、ジェフ。緊張してますか?」
「……少し」
「大丈夫ですよ。僕だと思って気軽に接して下さい」
にこやかに告げたフォルオに、ヴェラは苦笑を零した。
どうにもフォローになっていないと思うんだが、それに気づいていないのはフォルオだけだ。
こんな調子だと世話をする方も大変だろう。
「食事の準備をお願いできますか」
「はい。お任せ下さい」
再度、頭を下げてヴェラは奥へと消えていった。
改めて、屋敷内を見回すとやはり家名に劣らずといったところだ。
壁に掛けられた絵画や高価なアンティークの数々。住む世界がまるで違う。
興味深く観察している俺の隣で、フォルオは何やら難しい顔をして黙り込んでいた。
「タイミングが悪いなあ……この時間帯なら屋敷にいないと思っていたのですが、予想が外れたみたいです」
「何か都合が悪いことでもあるのか?」
「父は僕のことを快く思っていないのでゆっくり話すにはどうしても」
俺としてはアルバートが屋敷にいる方が好都合だ。
けれど、フォルオはそうは思っていないらしい。
「……あまり気は進みませんが、部外者を勝手に入れたとなると父が煩いのでこれから挨拶に向かいます」
「わかった」
エントランスから階段を登って書斎へと向かう。
アルバート・ラッセル・グラン。
名前は良く聞くが、顔を見たことはない。
ここ数年は表舞台に立つことも殆ど無いと言う。
ロベリアも中々情報が掴めないと嘆いていたし、よほど慎重な性格をしているみたいだ。
「失礼します」
声をかけて入室したフォルオの後に続く。
中央の書斎机。そこに座っている白髪の男。
あれがアルバートだろう。
フォルオに気づいた彼は訝しげに俺を見た。
「それはなんだ」
「彼は僕の友人です」
「……友人だと?」
ぎろり、と鋭い眼光に射貫かれる。
なんとも威圧感がある。こんな奴とは対峙するだけでも気疲れしてしまう。
「付き合う人間は選べと言っているはずだ。特にお前は前科があるからな。お前に対して好意的な人間など、ろくな奴はいない。どうせそいつも例に漏れずと言ったところだろう」
随分な言われようだ。
顔色を変えずにこんなことを平気で言えるのだから、この男の程度も知れるというもの。
なにより、とても不愉快だ。
「まあ、良い。面倒事は起こすなよ」
最後に一言告げると、アルバートは中断していた作業に戻っていく。
退室した途端、緊張の糸が切れたかのようにどっと疲労が肩にのしかかった。
深く息を吐き出してフォルオを見遣ると、彼も同じだったようだ。
「ふう……何事もなくて良かったです」
「あれでか?」
「機嫌が悪い時ほどではないですね」
あそこまで言われて黙っているフォルオは予想外だった。
けれど、あれは穏便に済ませるためだったのか。
雄弁は銀、沈黙は金とも言うし、過ぎてみればあの判断に間違いは無かったように思う。
「それよりも、不快な思いをさせてしまったことを謝罪させて下さい」
「俺は気にしていない。フォルオの方こそ大丈夫なのか?」
「僕は言われ慣れているので問題ありませんよ」
素直に喜べないところだが、彼がそう言うのだから気にするだけ無駄だろう。
「安心したらお腹が空いてきました。ヴェラの作る料理はどれも美味しいんです」
「それは楽しみだな」
フォルオの言っていた事は、贔屓目ではなく真実だった。
「今まで食ってきた中で一番かもしれない」
「そうでしょう」
自分が作った訳でもないのに、フォルオは得意げだ。
そうしたい気持ちも十分にわかる。
なんせかなり美味い。こんなの食べたら店で金払うのが馬鹿馬鹿しくなる。
「これでシェフじゃないんだろ。店開いた方が良いんじゃないか?」
「そんなに褒められても何も出せませんよ」
まんざらでも無さそうなヴェラはデザートに焼き菓子を持ってきた。
これも作ったんだろうか。文句なく美味しい。
「それで、話というのは?」
「お前の父、アルバートに渡さなければいけない物がある」
「父にですか? 一体何の用で?」
「それを話すと長くなるんだが――」
フォルオは俺の話を黙って聞いていた。
全てを話し終えて、彼の返答を待つ。
もし、フォルオが協力を拒んだらどうするか。
考えていなかったわけではない。
だが実際問題、これ以外に方法は見つからなかった。
俺に与えられた任務はボスの計画の一部で、機密事項には抵触していない。
俺だってボスの計画の全容は知らされていないし、要の部分は俺に頼んだりはしないはずだ。
この結末がご破算になっても、生きて逃げ帰ればどうとでもなる。
「わかりました。協力します」
「――え!?」
フォルオは俺の話を聞いてしばらく、黙り込んだ後静かにそう告げた。
もっと質問攻めにあうと思っていたのに、やけにあっさりと事が進んだことに驚きを隠せない。
「待ってくれ。俺から頼んでおいてこんなことを言うのもおかしいんだが、安請け合いはしない方が良いんじゃないか? そもそも、俺の素性だって知らないだろ。どこからどう見ても怪しいじゃないか」
「それについては否定しませんが、僕は貴方が思うほど馬鹿ではない。ちゃんと考えてこの結論を出したんです」
「でもお前の立場上、俺たちに協力するのは許されることではないだろう」
間接的とはいえ、国に喧嘩を売るんだ。
最悪、国家間の戦争にもなり得る。
それを分かっていてのこの答えなら俺には何も言えないが、それにしたって失う物の方が大きい。
「どうやらジェフは一つ勘違いをしているみたいだ」
「……勘違いだって?」
「僕は――」
フォルオが言い終える前に、食堂の扉が開かれる。
姿を現わしたのはこの屋敷の当主、アルバートだった。




