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百戦殆うからず

 孤児院へ行き、事情を説明するとシィラは二つ返事で了承してくれた。

 あっさりと即決しても良いものなのかと思ったが、昨日ミルと遊んだのがとても楽しかったのだろう。

 アリシアが今朝から落ち込んでしまってどうしようもなかったらしい。


 だから俺からのお願いは大歓迎だということだった。



「それでお早いお帰りだったわけだ」


 話を付けて孤児院からダンジョンへと戻ると、ボスが何やら作業をしていた。


「それは、俺がミルにあげた」

「珍しい物を持っていたから少し弄ってみたくてね。悪いようにはしないから安心すると良い」


 俺の疑問にボスは、ブレスレットの表面を削りながら答える。

 魔石で作られているから傷を付けることは出来ないはずだけど、どういうわけか出来ている。


「それ、どうやってるんだ?」

「魔石は物理的な衝撃には強いけれど、魔素の干渉には滅法弱いんだ。それを利用すれば加工することも容易い。ただそれは未加工の魔石に限りなんだけどね」


 魔石を加工して作られるマジックアイテムはその限りではない、との事だった。


 思えばフォルオが持っているあの剣も、マジックアイテムの類いなのだろう。

 俺の腕をいとも簡単に切り裂いたのだからその可能性は高い。


「今のミルの状態は体躯が縮んだままだけど、あの原理は魔素に依るものなんだ。だから以前のように魔素を使えば身体の体積を増すことは可能だ。問題は戻るときに、使用した魔素が抜けきるまで時間が掛かりすぎることなんだけど、それを解決するのが今しがた私が丹精込めて創っているこれだ」


「……つまり?」

「ある程度、体躯の調節は可能ってことだね」


 ボスの説明により、何となくだが理解出来た。

 それでも、こんなものに頼らない状況が望ましい。


 俺の心境を察したのか。ボスは、保険のようなものだと言った。


「だから、これが出来上がるまで暇つぶしでもしていて欲しい」

「わかった……ミルは?」

「おそらくガウルの所だろう」


 ボスを談話室へと残してガウルを探す。


 彼は自室に居た。

 空いているドアの隙間から顔を出すと、俺を一瞥して向き直る。


「何の用だ」

「ミルを探しに来た」

「それならベッドの上に居る。連れて行け」


 ガウルの言う通りベッドの上で丸まっていたミルは、俺の姿を見付けるとガウルの背に引っ付いた。そこから彼の頭の上へと移動する。


 あの様子を見るに、まだ怒っているみたいだ。


「ミル、まだ怒ってるのか?」

「ギャウゥ!」

「悪かったよ、反省してる。だからミルを迎えに来たんだ」


 その一言で、やっとミルが俺の方を向いた。


 ――と思ったら、ガウルが頭上に居るミルを掴んで俺へと渡す。


「俺はやらなければならないことがある。こいつに構っている時間も無いから、さっさと持って行け」

「わ、わかった」


 今のガウルは少し気が立っているのか。言葉に棘があるようにも感じる。

 単純に虫の居所が悪いのか。不思議に思っていると、彼は部屋の隅に置いてあった木箱から剣を取り出した。


「まだ何か用があるのか」

「いや……それ」

「俺がこんなものを持っている事がそんなに珍しいか?」


 ガウルの問いに頷く。


 ウェアウルフが剣を握るなんて、聞いたこともないし不釣り合いに思える。


「この身体になってからは扱っていない。これは俺が昔使っていたものだ。こうして、たまに手入れをしている」


 まるで昔を懐かしむかのように、その声音は穏やかだった。


「そういえばお前、グランと死合ったと言っていたな」

「ああ」

「どうだった?」

「どうって……強かったよ。俺では太刀打ち出来なかった」


 あの剣の能力もそうだが、それ以前にフォルオは剣の腕も相当なものだった。

 何の訓練もせず付け焼き刃で振るっていた俺とは違う。

 何年も鍛錬を重ねて研鑽した努力が滲んでいた。


「だろうな。あの一族は他とは違って特殊だ」

「それって、あの剣のことを言っているのか?」

「それもあるが、あれはただの道具だ。脅威ではあるが、誰でも扱えるわけではない」


「グランは元来、魔素を持たない一族だ。だからあの魔剣も容易に扱える。ただの人間では体内の魔素を持っていかれて、振るうどころの話ではなくなるからな」


 ――だから特別なんだ、とガウルは言った。


 話を聞くに、フォルオが持つ魔剣は切りつけた相手の魔素を奪ってしまうらしい。

 半魔の形態変化は魔素によって成りたっているから、道理は通る。


 そしてそれは、使用者にとっても同じみたいだ。

 だから、魔素を持たないグランでしか扱えない、というわけか。


「随分詳しいんだな」

「半魔にとっては天敵と言える存在だ。敵を知り己を知れば百戦殆うからず。覚えておいて損はない」


 ガウルの話を聞いて得心がいく。

 アルバートの暗殺計画を改めたのは正解だった。

 半魔では太刀打ち出来ない相手に暗殺だなんて誰が聞いても無謀だと答える。


「そんな相手に対抗策はあるのか?」

「脅威であるのは武器としての魔剣だけだ。それを奪ってしまえばどうとでもなる」


 随分と簡単に言ってくれるが、それが出来たら苦労はしない。

 実際、俺も試みてみたが呆気なく失敗に終わった。


「それとフルプレートの鎧を着込むという手もある。魔素に干渉するが、剣であるが故にそれ以上の使い方は出来ん。しかし、半魔である以上そんなものに頼らずとも生身の方が強い。グランと相対する以外はデメリットになる」


 ガウルは俺を一瞥して続ける。


「それ以外でとなると、相打ち覚悟で突っ込むくらいか。お前にはぴったりな作戦だ」


 彼は他人事だと思って笑っているが、俺の超速再生ならば可能ではある。

 切り刻まれるのは勘弁だが、いざという時は愚痴を言っている暇はない。心に留めておくに超したことはないな。



「どこに消えたと思ったらこんな所にいたのか」


 不意に俺の背後からボスが顔を出した。

 どうやらブレスレットの加工が終わったみたいだ。


「これは身に付けているだけで効力を発揮するから、肌身離さずで頼むよ」

「ああ、ありがとう」


 早速、受け取ったブレスレットをミルの角に嵌めてあげる。


「うん、似合ってる」

「キュウゥ」


 ミルもご満悦なようで、嬉しそうだ。

 いつの間にかミルの機嫌も治っていたみたいで、ほっと胸を撫で下ろす。


 いつまでも喧嘩をしたままじゃ、心穏やかではいられない。

 ボスからの任務も手につかなかった状態だし、これで本腰を入れられる。




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