兄妹喧嘩
ダンジョンへと帰還すると、ロベリアの姿が見当たらない事に気づいた。
ボスに尋ねると、なんでも既にルピテスへと向かったとのこと。
近日中にはそうなるだろうと思っていたが、幾ら何でも急すぎる。
今まで世話になったわけだし、礼の一つくらい言いたかった。
「そうだ、ロベリアから伝言を預かっているんだ。頑張ってね、と伝えてくれと言われたよ」
「……そうか」
なんだかんだでロベリアなりに心配してくれているということか。
以前は、そんなの何の得にもならないとか。そこまで親身になる必要も感じないとか。
それはもうボロクソに言われたことがあった。
そんな彼女から、こんな労いの言葉が出てくるとは驚きだ。
それと同時にかなり嬉しく感じる。
「そういえば、ミルとのデートはどうだった?」
感傷に浸っていると、突拍子もない事をボスは言い出した。
なぜか俺のデート計画が筒抜けだ。
おそらく、ロベリアが口を滑らせたのだろう。
少し恥ずかしいけれど、俺も口止めはしなかったし仕方ない。
「色々あった。それについて、ボスに話があるんだ」
居住まいを正して、事の経緯を掻い摘まんで説明する。
「……なるほど。それにしても、フォルオ・ラッセル・グランか」
全てを聞き終えると、唸るようにボスは呟いた。
何か考え込んでいるのか。
腕を組み、天井を見上げてしばし沈黙した後、隣にいるガウルへと顔を向ける。
「ガウル、どう思う? 彼は障害になり得るかな」
「それは奴の在り方にもよるでしょう。話を聞くに、アルバートとはどう見ても折り合いが付くようには思えない。反発する可能性もあるが、立場上それは難しいはずです」
「判断するには情報が少なすぎるか」
重苦しい雰囲気で一考すると、次いで俺へと意識が向く。
「ジェフには、もう一つやってもらいたいことがある」
「なんだ?」
「彼を監視してもらいたい。勝手に動き回られてはこちらとしても迷惑だ」
ボスの意図は俺にも理解出来る。
不確定な要素を野放しには出来ないということだ。
けれど、そこには一抹の不安も残る。
「……もし、計画の邪魔だと判断された場合、あいつはどうなる」
「それはわざわざ聞くことかい?」
俺の問いに対してのボスの回答は素っ気ないものだった。
つまるところ、フォルオを殺さなければならない。
そういった状況にもなり得るということだ。
その予感はあったが、ボスの一言で一気に現実味を帯びてきた。
グランは曲がりなりにも国の守護を司っている。
いずれ対立することも容易に考えられるんだ。
そうなった場合、俺は決断できるのだろうか。
「あいつ、変わってるけど良い奴なんだ。殺したくはない」
甘い考えだということは分かっている。
けれど、フォルオは悪党でも何でも無い。誰かの為を思って行動できる奴だ。
それを邪魔になるからといって、排除することだけはしたくない。
案の定、ガウルは俺の我儘を嘲笑った。
「だったらお前がしっかり手綱を握っていろ。手を離さなければ良い話だ」
「まあ、今のは全て仮定の話だ。そういった状況にならないようにするのが最善手だね」
「……わかった」
ボスのフォローによって、一先ずこの場は事なきを得る。
しかし、幾ら仮定の話と言っても、そういった状況も考えられることは確かだ。
より一層、気を引き締めていかないと、取り返しの付かない事態になる。
「さて、ジェフのこれからの活動拠点は王都の城下町になるだろう。その方が何かと都合が良い。そうなった場合、ミルはどうする?」
テーブルの上で丸くなっているミルを眺めて、ボスは告げる。
その問題はまったく考えていなかった。
ミルは利口だし、俺がお願いすれば大人しくしていてくれるだろう。
けれど、街中で活動するとなるとそれだけトラブルに巻き込まれる可能性もある。
今日だって散々走り回って苦労した。
もちろん、あれは俺の不手際によるところが大きいが、それでも危険な場所にミルを連れてはいけない。
「俺が戻ってくるまでミルを預かっていて欲しい」
こうするのが一番、ミルにとっては安全のはずだ。
「クウゥ」
俺の決断に、ミルは心細げに鳴き出した。
「ごめんな。でも、ミルを一緒に連れて行く訳にはいかないんだ」
「ギュイィ!」
宥めようと伸ばした右手を、ミルが噛んだ。
形態変化済みの燐皮に覆われた手ではさほど痛くはなかったが、驚いた隙を突いて俺から離れたミルはガウルの元へと駆けていく。
「ふん、薄情な奴だ。危険だと思うのなら、お前が護ってやれば良い話だろう」
「……薄情だと? 俺が好きでこんなことを言っていると思ってるのか!?」
「少なくともお前の妹は納得していないだろうな」
ガウルに同意するかのように、ミルはそっぽを向いてしまう。
「はいはい、そこまで。何もずっと王都にいるわけじゃないんだ。たまに戻ってきて妹の顔を見るくらいは許されるはずだよ」
ボスはそう言ってくれたが、ガウルの肩でへそを曲げているミルには何を言っても効かなかった。
ガウルの言い分も一理ある。
それでも、連れて行く訳にはいかない。
王都での半魔に対する風当たりの強さ。
それを知らなかったわけではない。ある程度覚悟もしていた。
けれど、あそこは半魔が暮らせる場所ではない。
俺もこんな身体だし、もしバレても言い逃れは出来ないんだ。
「ミルを連れて行けないのは変わらない。でも、なるべく戻るようにするよ」
ちらりとミルは俺を見た。それでも、ガウルから離れない。
これはかなり機嫌が悪いな。こうなったミルはてこでも動かない。
翌日、俺が王都へ向かう直前になっても、ミルの機嫌が直ることはなかった。




