スラム珍道中
ジェフがミルと共に王都へとデートに出かけたその後。
特にすることもなし、休もうとしていたロベリアの元へボスからお呼びがかかった。
何でも今から王都の城下町にあるスラム地区へ用があるので赴くのだという。
「え、僕も行くの?」
「留守番してくれていても良いけれど、ロベリアも一緒に居てくれた方が何かと都合が良いんだ」
「まあ、僕も暇だったから別に良いんだけど……」
歯切れの悪い返事をするロベリアの視線の先にはガウルが居た。
先ほどの話し合いが終わった後、ボスに引きずられていったのだが、特に目立った所もなくいつも通りの様子を見るに例の問題は解決したらしい。
「もしかして、ガウルも一緒に連れていくつもり?」
「もちろん!」
「今、昼の時間帯だよ? 今から王都に向かうにしても完全に陽が落ちる前じゃ人目が多いと思うんだけど」
「誰も日中にウェアウルフが大っぴらに出歩いているとは思わないだろう? 堂々としていれば問題ない」
――もちろん目立たない格好はしてもらうけどね。
王都への遠征を画策するボスは随分と楽しそうに見えた。
まるで観光にでも行くかのような浮かれっぷりに、いつも飄々としているロベリアも一抹の不安を覚える。
「ガウルはそれでいいの?」
「ボスは言い出したら聞かない。さっきの一件でお前も身に染みているだろう。そういうことだ」
何を言っても無駄と悟ったのだろう。やけに物分かりが良いガウルはせっせと出掛ける準備をしている。
ウェアウルフの長い体毛の上に外套を羽織ると随分と不格好に見える。
しかも人間と比べて体格も大きいのでこんなのが出歩いているとなると、かなり悪目立ちするはずだ。
ボスの画策する計画の前段階。重要な局面のこの時に、そこまでのリスクを冒して王都へ赴く理由が見当たらない。
「ところで、何をしにスラム地区なんかに行くのさ」
「俺も詳しくは知らされていない。何でも会いたい人間がいるとかボスは言っていたが」
「会いたい人間? スラム地区に?」
ガウルの返答に疑問は深くなる。
そうまでして会いたいとなると、それほど重要な人物ということだ。
けれど、幾ら考えても答えは出てこない。
「うーん、わからん!」
頭を抱えているロベリアに、支度を終えたボスが戻ってくる。
いつも嵌めている骨仮面は、流石に目立ちすぎるからと自重したのか。
無機質な木彫りの面を嵌めて余所行きの恰好をしている。
以前に見た、ジェフのおかしげな仮面よりはセンスはあるだろう。
「さて、諸君。準備はできたかな」
「できたけど、出発する前に一つ聞きたいことがあるんだ」
「聞きたいこと?」
「ボスは誰に用があって王都まで行くのさ」
「それは……着いてからのお楽しみということにしておこうか」
王都へ着いたのは、夕暮れ時のことだった。
まっすぐにスラム地区へと足を踏み入れた一行は、目の前に広がる光景に思わず足が止まる。
「なんでこいつら、こんなところで寝てるのさ。道の真ん中をベッド代わりにされちゃあ通行の邪魔なんだけど」
地面に倒れている男たちを眺めながらロベリアが嘆息した。
流石にこれがスラムの日常なはずはない。
「大方、喧嘩でも売って返り討ちにされたといったところだろう」
「ふーん、馬鹿な事するなあ」
ガウルの返答に、ロベリアは倒れている男の一人を足蹴にする。
そうしたところで起き上がる事はない。どうやら気絶しているみたいだった。もしくはこのままやり過ごそうとしているのか。
定かではないがこうしてここに来る以前に誰かがこの状況を作り出したに違いない。
「ところでボスはその件の男の居場所は知っているのですか? スラム地区といえど結構な広さだ。虱潰しに探すとしても流石に骨が折れる」
「このスラムのどこかに潜んでいるとは聞いているけれど、正確な場所までは知らない。現地住人に話でも聞ければ良いんだけど、こんな状態じゃあ無理そうだ」
ピクリとも動かない男たちに、ボスはどうしたものかと思案する。
「じゃあどうするの。言っとくけど、僕は人探しなんて面倒なことはしないよ」
「そうだなあ。とりあえず、そこに隠れている人間を捕まえて、話を聞いてみようか」
廃材を寄せ集めて作られたボロ小屋の陰から覗き見る男を、ボスが指さす。
それを合図に、すかさずガウルが動いた。
外套を翻して露になった姿に、焦った男は踵を返して逃げ出そうとする。
しかし、走りだそうとした瞬間に背後から頭を押さえられ地面へと叩きつけられた。
「こっ、殺さないで!」
「それはお前の出方次第だ。素直に聞かれたことに答えるなら生かしておいてやる。それが出来ないなら頭蓋の中身をぶちまける事になるだろう。慎重に選ぶといい」
「ひいぃっ、わ、わかりました。なんでも話しますからどうか殺さないで!」
「怖がらせてくれとは頼んだけど、少しやりすぎだ」
「す、すいません。人間相手では上手く加減が出来なくて……」
「まあ、口は利けるようだから問題ないか」
捕らえた男の傍にしゃがみこんで、ボスは話しかけた。
「彼はあんなことを言っているけれど、君に危害を加えるつもりはない。人を探しているんだ。メデイロスという名の男なんだけど、知っているかな」
見た目は怪しいが優しげな声音に、恐怖が緩和されたのか。
固まっていた男はすらすらと聞かれたことに答え始めた。
「メデイロス……あ、ああ。そいつなら人が寄り付かないスラムの奥に住んでる。けど、あんなバケモンの所に何の用があって……」
「お前は知らなくていいことだ」
「ヒィッ、ごめんなさい!」
「あまり苛めない。聞きたいことは以上だ。もう手を離しても良いよ」
ボスの一声でガウルが頭を押さえつけていた手を離してやると、男は一目散に逃げていった。
はだけた外套を着直して一仕事を終えたガウルの背後、ロベリアが訝しげにこんなことを尋ねる。
「ねえ、さっきメデイロスって言ったよね?」
「なんだ、お前は知っているのか」
「知っているも何も、ルピテスの人間なら名前くらいは知っているよ。有名だもん。あの王様がかなりの信頼を置く重鎮だからね」
「その男がなぜこんな場所にいる?」
「それがわからないから僕も驚いてるの! 確かに最近は姿も見えないし、話も聞かなかったけれど……ボスは何か知ってるの?」
「私もこの国にいる理由までは知らない。そもそも、件の人物がメデイロス本人である確証もないんだ。あくまで噂程度なんだけど、それでも確かめてみる価値は大いにある。もし、本人であれば聞きたいこともあるしね」
「……聞きたいこと、ですか?」
「諸々の計画、私の方で手回しはすると言ったけれど、やはり確実性に欠ける。こちらの準備が完璧でも相手が思うように動いてくれなくては意味がない。だから保険が欲しいんだ」
「うーん……つまり?」
「その王様について詳しいだろうメデイロスに話を聞こうということだよ。相手の情報があるとないとでは、こちらの身の振り方も違ってくる」
「なるほどね~……ややこしいってことだけはわかったかな!」
能天気なロベリアの声にガウルが鼻を鳴らす。
「とにかくさっさと事を済ませるに限る。あまり長居するような場所でもない」
ガウルの意見には満場一致である。
表で生きられない人間のたまり場ではあるが、それでも半魔に対しての態度は皆一様に同じだ。
ジロジロと見られるのはあまり良い心地はしない。




