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わかり合えないこと③

 

「リオンとは同じ士官学校の同期で、彼が罹患したのは四年前の話です。亜獣化症は、幼い子供の方が罹りやすいと言われています。けれど、稀に十代後半から発症する人もいて、今まで士官学校の生徒の中でもそういった事例はいくつかありました」


「彼は自主退学を考えていたのですが、僕が引き止めたんです。今思えば酷い我儘ですよ。罹患者がどんな扱いを受けるか、それを分かった上で留めたんですから」



「……どうしてそんなことをしたんだ?」


「きっと、僕ならなんとか出来ると思っていたんでしょうね。実際は余計に事態を悪化させて彼を傷つけてしまった。僕はリオンを助けたかったんです。半魔だからといって全てを諦めてほしくなかった。ただそれだけだったのに、どうにも上手くいきませんね」



「それからしばらくして、王国主催の御前試合が開かれたんです。毎年開催されるそれは生徒にとっては登竜門のようなもので、成績如何によっては将来の地位が確約される。そこで、僕らは剣を交えることになった」


「結果は僕の圧勝でした。彼は決して弱くはなかった。それでも、あの時のあの環境が彼に剣を捨てることを迫り、膝をつかせたんだ」


「今思えば、あんな展開は予想できたことだったんです。僕の父はそれなりの地位を持っていて、半魔が嫌いだ。僕がそういった輩と親交があるのが許せなかったのでしょう。だからああなるように仕組んだ。そして、僕はそれに従った」


「彼を思えば棄権するべきだったんです。それでも、周りがそれを許しはしなかったでしょうが、もしかしたら何かが変わっていたかも知れない……今となっては無意味な仮定ですけどね」


「だから、あの時手を差し伸べもせずにただ見ていただけの僕を、裏切り者だと糾弾するのは当たり前のことだ。それでも結局、リオンは僕の身の上を案じてくれている。芯の部分は優しい彼のままなんです」



 ――それが嬉しくて、甘えてしまっているのだと。


 そう告げて、フォルオはそこで話を締めた。



 きっと双方共に様々な事情があったのだろう。

 これを一概に誰が悪いだとか、そんな審判は下せない。


 というか、俺が何か言っても無意味な気がする。

 フォルオも俺の答えを求めてこんな話をしたわけでは無さそうだ。


 それでも、一つだけ気になったことがあった。


「フォルオはなぜそこまで半魔に肩入れするんだ。彼らがどういう扱いを受けているか、知らないわけじゃないんだろ?」


 彼の言動を見ていると、フォルオの中には半魔に対する差別や迫害なんてものは感じられない。

 対等に接しようとしていて、それが分かっているからリオンも親友として関係を続けているのだろう。


「ジェフは、ハウルをご存じですか?」

「……ハウル?」


 聞いたことはある。

 王の護衛を継いでいるグランの初代当主、だったか。


「ハウル・ラッセル・グラン。彼は僕の先祖にあたる人物です。父はアルバート……こちらは説明しなくてもわかりますよね」


「あ、ああ。なんせ、有名だからな」


 内心驚きつつも、フォルオに対して感じていた違和感が払拭されたような気がした。

 彼が持っているあの特殊な剣も、奇妙な言動もこれで納得がいく。


「ハウルは僕の憧れなんです。彼は人間と半魔はいがみ合うのではなく、共存するべきだと説きました。そして最期まで彼はそれに尽力して、この国の基礎を作ったんだ。しかし、お恥ずかしい限りですが、今となってはそんなものは見る影もありませんがね」


 痛感しているのか、フォルオは苦々しく表情を歪めた。


「本当なら僕らがそれを継いでいかなければいけないんです。けれど、父は半魔を嫌っている。共存する気など更々無いのでしょうね。もしその気なら、ここにいる子たちだってこんな惨めな暮らしをする必要なんてないんだ」


「それは……どういうことだ?」


 深く息を吐いて憤るフォルオの言葉に、眉を寄せる。


 あの言い方だと、この現状をどうにか出来ると言いたげだ。

 けれど、グランはただの王家の守護を司る騎士候のはず。

 国の実権に関わるほどの力はないはずだ。


「この国の統治は王家が担っていて、グランはそれの守護役。表向きはそうなっています。けれど、実態はそうじゃない。建国以来からの歴史をまとめた禁書庫の書物によると、この国の建国者はハウルだ」



 フォルオはとんでもない事を言い出した。


 もしその話が本当なら、この国の在り方が根本から覆ることになる。

 そもそも、なぜそんなややこしい統治をする必要があるっていうんだ。


「ハウルは、元々はミュニムルの皇族の人間です。ご存じの通り、当時は戦時中だった。長期化する戦争に両国は疲弊していました。そこで一時停戦すべきだという声が上がって、両国の同意の下、グランハウルという国が出来たんです」


「……その流れだと、王座に着いているのはグランになるんじゃないか?」


 誰しもが思う疑問をぶつけると、フォルオは静かに頷いた。


「本来ならそうなるのが道理でしょう。けれど、ハウルはそれを拒んだ」

「……どうしてだ?」

「彼の真意は定かではありませんが、人間と半魔は共存すべきだという彼の理念は本物だった。おそらく、ただの人間として歩み寄るべきだと考えたのでしょうね」


 それ故に、統治者としての肩書きは不要だった。そういうことか。


「けれど、父はそれを良しとしていない。政治に口を出す権利は失ってはいないものの、グランこそが統治者であるべきだと考えているんです」


「……っ、そうか! それで」


 フォルオの一連の話を聞いて、やっと理解出来た。

 ボスの成そうとしていることは、きっとここに繋がっている。


 計画にはアルバートを利用するとボスは言っていた。

 それを聞いた時はいまいちピンと来なかったが、彼が王座を狙っているのだとしたらそれはもう十分な動機というものだろう。



 ……気づいてしまったが、どうするべきか。


 この事をフォルオに伝えるべきか否か。


 秘密裏の計画を部外者に洩らすのは御法度だ。

 仮にフォルオにバラしたとして、現状彼に何か出来るのかと聞かれれば望みは薄いように感じる。


「仮定の話なんだが、もしグランが王座に着くようなことがあったらどうなると思う?」

「今より好転はしないでしょうね。先ほども言ったように、僕の父は半魔が嫌いなんです。実権を握ったらどんな凶行に出るか……容易に想像はつきますよ」

「そうか」


 問題はそうなった場合、フォルオはどうするのかだ。


 ボスの計画実行は近い将来やってくるだろう。

 そうなった場合、はたして彼は敵になるのか、味方になるのか。


 フォルオの強さは数時間前に体感したばかりだ。こいつを敵に回すのなら一筋縄ではいかないはず。


 俺一人で判断出来るようなことではないし、ここは一度ボスに相談した方が良い。



「キュイィ」


 長話をしている間に、ミルも用意された食事を食べ終わったみたいだ。

 テーブルからジャンプして、俺の服を伝って肩によじ登る。


「そうだな……そろそろ帰ろうか」


「すいません。長々と付き合わせてしまって」

「良いよ、興味深い話も聞けた」


「――あっ!」


 フォルオは弾かれたように叫び声を上げた。

 いきなりのことにミルと一緒に驚いていると、何やらすごすごと上目遣いでこちらを伺ってくる。


「さっきの話、くれぐれも内密にお願いしますね。一応、公言してはいけないことになっているので」

「わかった」


 そんな機密を聞かれたからといって話してしまうのはどうなんだろうか。

 しっかりしている奴だが、時々抜けている。


 リオンがああして心配する気持ちが少し分かったような気がする。


「シィラさんには僕から伝えておきます」

「アリシアにも礼を言っておいてくれないか。ミルの花輪、ありがとうって」

「わかりました」


 フォルオの表情はさっきと比べてだいぶ明るくなったようだ。

 俺は殆ど何もしていないが、どうやらある程度の落着はついたようでホッとする。


 ――さようなら。


 別れの挨拶に見送られて、ミルと二人、帰路に着くのだった。



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