わかり合えないこと②
つまり、何が言いたいのかというと――
「それって体の良い実験体ってことじゃないか」
リオンの言う先生って言うのが、どういう人なのか。俺は知らない。
でも、話を聞くにどうにも胡散臭い人物だと思わざるを終えないのだ。
「お前なら分かってくれると思っていたのに、フォルオと同じことを言うんだな」
「……話を聞いた限りでは到底信じられない」
「まあ、言いたいことは分かる。そんな簡単に治るような病なら世話ないよな」
――けれど、とリオンは続ける。
「俺は自分の意思でこうなることを選択したんだ。それを他人のお前らにとやかく言われる筋合いはない。特にお前だよ、フォルオ。一度裏切ったお前に、俺を非難する道理があると思っているのか?」
怒気が籠もったリオンの言葉に、対面しているフォルオは頬を張られたようにハッとした。
「……それは」
「俺としてもここで恨み言を長々と言うつもりはない。過去の話だ。今更蒸し返したところでどうにもならない。だから、これで最後にしてくれないか」
「なにを」
「これ以上、俺たちに関わらないでくれ」
静かに言い放った言葉は、余韻を残すことなく静寂に溶けていく。
フォルオはそれを聞いて黙り込んだままだ。
「良いか、これはお前の為でもあるんだ。半魔嫌いのお前の父親がこれを見たらどう思う? 何をすると思う? 俺の時みたいに、公衆の面前で打ちのめして笑いものにするだけで済むと思うか?」
「ぼ、僕は……ただ君が心配で」
「それが迷惑だって言ってるんだ!」
張り上げた怒声と共に、リオンの身体が黒に染まる。
着ていたコートは鋭い体表によってズタズタに穴が空いて、テーブルへと叩き付けた拳からは砕けた破片がパラパラと零れ落ちた。
立ち上がったリオンは今にも掴みかかりそうな勢いだ。
止めようと身体が動くが、俺よりも先に彼の背後からシィラが顔を出した。
「暴力はいけませんよ~」
「……シィラさん」
「アリシアがリオンと一緒に寝るって聞かないの。行ってくれる?」
「……っ、わかりました」
シィラのお願いに頷くと、リオンは奥へと去って行った。
肝を冷やしたが、どうにかこの場は収まったみたいだ。
「フォルオ、また喧嘩でもしたの?」
「そう、ですね。また怒らせてしまったみたいです」
力なく答えたフォルオはやるせなく笑った。
こんな時、部外者の俺では掛ける言葉など何処にもない。
そもそもこれは、彼ら二人の話だ。
不躾に尋ねることだってしてはいけないのだろう。
「お腹空いたでしょう。みんな、食事はまだだったものね。急ぎの用事がなければ食べていって」
そう言って、シィラは三人分の食事をテーブルに並べた。
フォルオと俺と、それにミルの分だ。
食事の匂いに釣られたのか。
今まで俺の腕の中で気持ち良さそうに眠っていたミルが起きて、大きなあくびをする。
「おはよう、ミル」
「キュウ」
「お腹空いただろ。食べて良いよ」
食べやすいようにパンを千切って、シチューに浸してやる。
よほど腹が空いていたのか。ミルは勢いよく器に齧り付いた。
そういえば、昼飯も食べていなかったな。
城下町で済ませようと思っていたが、それどころではなかった。
「その子、とても大事にしていますね」
「ああ、大事な妹だからな」
「そうですか」
フォルオの反応は予想していたものとは違っていた。
それを目の当たりにして、俺の方が驚きに目を見張る。
「驚かないのか?」
「驚くことなんてありませんよ。姿が変わったところで、その人の中身までは変わりませんから」
馬鹿正直で愚直なだけでは、こんな言葉は出てこない。
この一言で、フォルオがどういう人間なのか少し分かったような気がした。
「それでも、みんなこの事には気づかないんです。中には理解している人もいるでしょう。けれど、大勢の中で声を上げることには途轍もない勇気がいる」
「だったらお前は勇敢で優しい人間だよ」
きっと、俺が今まで出会ってきた中で一番その言葉が似合う男だ。
しかし、フォルオは首を横に振った。
「僕はそんなんじゃありません。そうであったのなら、彼に裏切り者と揶揄されることもなかった」
昔を思い出しているのか。彼の表情には陰がある。
「ジェフ、少し時間を頂いても宜しいですか?」
「なんだ」
「少しだけ、僕の話に付き合ってもらいたい」
そうして、フォルオは静かに話し出した。




