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わかり合えないこと①

 

「おかえりなさい」


 リオンと共に教会へと戻ると、シィラが出迎えてくれた。


 既に食事の準備は済ませてあるみたいだ。

 蝋燭を灯した聖堂にテーブルを用意して、その上に質素だが暖かみのある夕餉が並んでいる。


「シィラさん、アリシアを頼む」

「あらあら、疲れて眠っちゃったのね。リオンのコート、替えを持ってきましょうか?」

「いいや、大丈夫」


 話し込んでいる二人の背後、ふと目線を向けると何やらフォルオがニコニコと満面の笑みを浮かべているのに気づいた。


 おそらく俺には関係無いだろうが、きっとろくなことにはならない。

 その予想は見事に的中して、二人が会話を終えたのを見計らって大人しく座していたフォルオが席から立ち上がった。


「リオンのそれ、久しぶりに見ました」

「見世物じゃないからな」

「羽、一つもらえますか?」

「こんなものもらってどうするんだ」

「ほら、縁起が良さそうじゃないですか」

「お前、俺の事からかってるだろ。だからお前には見られたくないんだ。本当に、そういうところだからな! いつか友達無くすぞ」


 何十回と聞いてきた説教なのだろう。

 リオンの小言にフォルオは何処吹く風で聞き流している。


 それでもなぜか憎めないのは、フォルオの言動には悪意が一切感じられないからだ。

 こんなことを言うと聞こえは良いが、実際に関わるととんでもなく厄介である。


 たった数時間前に知り合った俺が思うのだから、親友と呼ばれていたリオンの心労は相当なものだろう。

 それでも愛想を尽かさずに心配してくれているのは、ひとえに彼の心根の良さからくるものだ。


「心配しなくても大丈夫だよ。こいつ、友達なんてリオンくらいしかいないだろうから」


 二人の会話に割入って水を差した人物は、薄い栗色の髪をした、大人びた少年だった。

 アリシアを探しに行く前はいなかったのを見るに、この少年がレノと呼ばれていた子だろう。


 見たところ、十七、八あたりか。

 シィラを除けばリオンの次に歳が上である。


「レノ、僕のことが嫌いだからってなんでそう意地の悪いことを言うかなあ」

「苛めてはいないだろ。本当のことなんだし」

「……僕にだって友人の一人や二人いますよ」


 即答しないあたり図星だったのだろう。


 内心で哀れんでいると、フォルオがちらちらとこちらを伺ってくる。

 そんなに見つめられても俺にはどうにも出来ないのだが。


「……何なんだ?」

「僕ら、それなりに仲良いですよね」

「数時間前に斬りかかられた記憶しかないんだが」

「そっ、そんなこと言わないで下さいよ! ほんと、後生ですから!」

「友情の押し売りは良くないと思うぞ」


 掴みかからんとする勢いで迫ってくるフォルオから、距離を取りながら後ずさる。


「ジェフだっけ? 友達は選んだ方が良いと思うよ。こいつと一緒にいてもろくなことにならないから」

「残念だけど、既に経験済みだ」

「それはご愁傷様」


 からかうような慰めの言葉と共に楽しそうにレノは笑った。


 俺からしてみたら笑い事ではないのだけど。


「それじゃあ僕はこれでお暇するよ」


「レノ、もう戻るのか?」

「フォルオと話していると頭が痛くなってくるからね」

「付き添いは」

「いいよ、キーンに手伝ってもらう。リオンはそいつとゆっくり話でもしてて」


 身体を動かすのも億劫なのか。

 先に食事を終えていたキーンを連れて、レノは去って行った。


 そういえば、身体が弱いとかなんとか。そんなことをリオンが言っていた。

 ここにはよく医者が訪れると言うし、俺が思う以上に訳ありみたいだ。


「レノのやつ、楽しそうだったな」

「日頃の鬱憤を僕で晴らすのはやめて欲しいなあ」

「そう言ってくれるな。いつもはベッドから起き上がるのだって難しいんだ」


 預かっていたコートと兜を受け取ったリオンは、それらに着替えてテーブルに着いた。


 座ってくれと促されて、フォルオと共に俺も席に着く。


「……病気なのか?」

「いいや、病気を患っているというよりもその逆だ」


 リオンの返答を聞くも、意味が理解出来なかった。

 呆けている俺を見遣って、逡巡したのちリオンは続ける。


「子供たちの世話をしてくれているシィラさん以外、ここにいる人間はみんな亜獣化症の罹患者だ」

「みんな?」


 オウム返しで尋ねると、リオンは頷いた。


 その答えがどうにも引っかかる。


 俺はそれほど半魔については詳しくない。

 けれど、素人目から見てもどうにもここの住人はおかしい。


 子供たちが罹患者だと言うのなら、なぜこんなにも症状に差が出ているんだ?


 もちろん、個人差はあるだろうがそれにしても極端過ぎる。


 リオンとレノが良い例だ。

 キーンとアリシアについてはまだ幼い。

 獣の腕も、頭から少しだけ生えている角も、あの程度でも別段不思議には思わない。


 けれど、リオンはこんなだ。対照的にレノは見た限り、どこも形態変化を起こしていない。


「それはレノもってことか?」

「そうだ。あいつは特別なんだ。上手くいけばこの病を克服出来るかもしれない」


 思いも寄らないリオンの発言に目を見張った。


「……ありえない」

「それが有り得るんだ。先生のおかげだよ。まあ、俺は失敗してこんなんになっちまったけど。それでも後悔はしていない。いずれは遅かれ早かれ同じ結末を辿るんだ。どう在ったって同じだ」


 努めて明るく振る舞うリオンに、それを見て思うところがあるのだろう。

 フォルオはきつく拳を握りしめて黙り込んでいる。


「いや、それでも亜獣化症の治療は不可能だ」


 もちろん、世界中を探し回れば望みはあるかもしれない。

 俺だってミルをこのままの姿にしておくつもりはないし、いずれは治療法を探そうとも思っている。


 だけど、なにぶんいきなりすぎた。

 こんな身近に解決策があるなら誰だって苦労しない。




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