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闇夜の暗殺者②

 一緒になって探していると、俺よりも先にアリシアが声を上げた。


「――あっ!いた!」


 アリシアの視線の先には、ごうごうと炎の柱が上がっていた。

 男が自棄になりながら火を放った廃屋だ。


 当の本人はというと、いつの間にか地面に倒れ伏している。

 それの傍に佇む真っ黒な影。あれがリオンだろう。


 しかし、聞こえた声に振り返ったリオンの姿は、先刻に見たものとはまるで違っていた。


 鮮やかな青の羽毛は黒く変色している。モコモコと膨らんでいた体型もやけに細身だ。

 水に濡れた獣のように、シルエットがくっきりと分かるほどの変化があった。


 けれど、外見はとても無機質なものだ。あれは鉱物のようなものだろうか。

 おそらく、ついさっき見かけた黒いガラス片のような物体。身体を覆っていた羽毛がそのまま変質したみたいだ。

 それがびっしりと全身くまなく覆っている。


 あの状態ではどれだけ眼を凝らそうが暗闇の中では見つけられない。

 月明かりや松明の灯火では焼け石に水。闇より深い漆黒の塊のようだ。


 男たちが何か音が聞こえると喚いていたのは、あれが擦れて鳴っていたものだろう。

 闇の中、奇怪な音が聞こえると思ったら次の瞬間には喉元を切り裂かれる、なんて。考えただけでぞっとする。


「……どうやら、怪我は無さそうだな」


 アリシアの無事にほっと安堵の息を吐いたリオンはゆっくりと近づいてくる。

 けれど、アリシアの様子が少しおかしい。


 リオンの姿を見つけた時はあんなに嬉しそうだったのに、素早く俺の後ろに隠れてしまった。

 懐いているであろうリオンに対してこんな態度を取る理由は無いはずだが。


「……あれ?」


 その様子を見て、リオンも呆気に取られていた。


「なんで隠れるんだ?」

「だって……黒いときはすごく怒ってるから、近づいちゃいけないって先生が言ってたもん」

「怒ってる?」


 固まっているリオンの代わりにアリシアへと説明を求める。


 いまいちアリシアの言っている意味が分からない。

 けれど、今の話を聞いてリオンは理解できたらしい。


「ああ、そういうことか」

「この子は何を言っているんだ?」

「この状態だと近づかれると怪我をする恐れがあるから、ああして言い聞かせてたんだろう。子供に危ないから近づくなと言っても聞かないだろ?」

「なるほど」


「とにかく、悪さをしてたあいつらはぶちのめしたし、俺はアリシアに怒ってはいないよ」

「……ほんとう?」

「嘘は言ってないな」


 リオンの説得に、アリシアは俺の傍から離れていく。


「でもシィラさんは怒ってるかもなあ。アリシア、暗くなるまで外にいたし」

「いやー!」


 ――と思ったら、ものの数秒で戻ってきた。


「いじわるしないで!」

「はははっ、悪かったよ。俺も一緒に怒られてやるから帰ろう」

「うー……わかった」


 アリシアはふくれっ面のまま、差し出された手を取った。

 いつの間にか、リオンの変質していた羽毛も元に戻っている。


「あいつらはどうするんだ?」

「放って置いても問題はないだろう。たいして傷も深くないし、あれだけ脅かしたんだ。もうここには近づかないはずだ」


 どうやら殺してはいないようだ。

 けれど、例え軽傷だとしてもあんな恐怖体験をした後ではしばらくは立ち直れないだろう。


「ところで、ジェフの捜し物って……」

「ミルだ」

「ペットみたいなものか?」

「俺の妹だ」


 断言すると、リオンは四つの眼を同時に瞬かせた。

 言いたいことはわかる。何もこの反応は初めてでは無い。


「あー……今度、先生に診てもらおうか?」

「俺は正常だ」

「そうだな……冗談を言うタイプには見えないし……本当なのか?」

「今はこんな姿だけど、ちょうどアリシアと同じ年頃だよ」

「どうやら訳ありみたいだし、これ以上は聞かない。俺も人のことを言えた義理でもないしな」


 笑って誤魔化したリオンの隣。アリシアがぽつりとか細い声で呟いた。


「いいなあ。ほんとうのおにいちゃん」


 さっきと打って変わって悲しそうな表情をするアリシアに、何を想っているのか。想像に難くない。

 リオンもそれを察したのだろう。


「……アリシア、おんぶしてやろうか」

「いいの!?」

「今日は特別だ」

「やった!」


 リオンは、はしゃぐアリシアを柔らかな背におぶって歩き出す。

 少し歩くと隣からは微かな寝息が聞こえてきた。



「妹ってことは兄妹か。アリシアじゃないが、俺もそれは少し羨ましい」


 リオンの言葉は思ってもみないことだった。


「あの教会にいる子はみんな孤児なんだ。だから見捨てないで傍にいてくれるってだけで羨ましく思ってしまう。こんなことは言うべきではないだろうけど、幸せなことだよ」

「……そうだな」


 リオンなりに言葉を選んで話してくれたことは、素直に嬉しかった。


 兄らしいことはあまり出来ていないけれど、それでも少しだけ救われたような気がする。





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