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闇夜の暗殺者①

 

 足音を忍ばせて廃屋の物陰からこっそりと近づく。

 夜盗の集団から距離数メートルまで近づいたところで、アリシアらしき女の子の姿を捉えた。

 ロープで縛られているようだが、見たところ怪我はなさそうだ。


 彼女に抱きかかえられるようにして、胸のあたりにミルの姿も見える。リオンの推測は当たっていた。

 ミルはアリシアと一緒に居たようだ。

 依然として目の前の問題は片付いていないが、それが確認できただけでも安心だ。


 見たところ、アリシアと一緒に居るミルは大人しい。

 ミルが本気を出せばあんな奴らは何の障害にもならないはずだ。

 それなのにああして従っているということは、アリシアの身を案じてだろう。


 尚更、早く救出してあげなければ。



 リオンの陽動を待って物陰から様子を伺っていると、なにやら男たちがざわつき始めた。


「……何か音が聞こえないか?」

「音ってなんのだよ。風の音じゃないのか?」

「いや、そんなんじゃない。なんていうか、何かを擦り合わせるような」


 刹那、空気を切り裂くような鋭利な音がはっきりと聞こえてきた。

 まるで金属を擦り合わせたような嫌な音だ。


 それを認識した直後、話していた男の背後から黒い手が伸びて肩を掴んだ。

 気づいたのは触れられた男だけだ。


「ま、待ってくれ。俺の後ろに何かいないか?」

「……いいや? 何も見えないが。怖いこと言うなよ」

「いや、そんなはずはない! 絶対に何かいるんだよ!」


 男が恐怖で硬直していた首を動かして振り返った瞬間、鋭い何かが首筋を裂いた。


 松明に照らされて鮮血が地面を赤く染めていく。

 男が喉元を押さえながら倒れこんだのを見て、そこでやっと夜盗たちは先の男の言動が偽りではないと知る。


 倒れた男が喚きたてていたのを一部始終物陰から眺めていたが、俺にも何が起こったかさっぱり分からなかった。

 おそらくリオンの仕業なんだろうが、姿が全く見えない。


 周囲は完全な暗闇ではない。月明りもあるし、松明の灯りだってある。

 それなのに姿を視認できないなんて、そんなことはあるのだろうか。


 目を凝らして姿を捉えようとするが影も形も見当たらない。

 それなのに、また一人、二人と倒れていく。


 気づけば夜盗は最後の一人になっていた。



「クソが! なんなんだよこれは!」


 最後の一人は松明を持つと廃屋へと火をつけた。


 燃えあがっていく炎を背に、正体不明の何かと対峙すると決めたらしい。

 この状況で逃げないのは肝が据わっている。


 感心しながらアリシアから手が離れたのを見計らってすぐさま救出に向かう。


「大丈夫か」

「……おじちゃん、だれ?」

「おじ……助けにきたんだ。みんな心配してる」


 ロープを手早く解いてやるとほっとしたようにアリシアは表情を和らげた。


「おじちゃん、ありがとう」


「――キュウ!」


 アリシアのお礼に応える前に、俺の顔面目掛けてミルが飛びかかってきた。


「ぶわっ――ごめん、ごめんって。すぐに迎えに来れなくて悪かったよ」


 顔面からミルを剥がすと、頭の上に草花で編んだ花冠が乗っかっていた。

 たぶん、アリシアが作ってくれたものだろう。

 こいつに夢中になって遅くまで外に居たってことか。


「せっかくのお出掛けがこんなことになってごめんな。ミル、怒ってるよなあ」


「そのこ、おこってないよ」

「ギュイィ」


 代弁するかのようにアリシアが答えた。

 それに頷きながらミルが鳴く。


「ミルがなんて言っているか分かるのか?」

「ううん、わかんない……でも、すごいうれしそう」


 アリシアの言葉通り、抱きかかえたミルは嬉しそうに擦り寄ってくる。

 安心したのか、そのまま俺の腕の中ですやすやと寝息を立てて眠ってしまった。


「おじちゃんはなんでここにいるの?」

「……ジェフだ。君が戻ってこないからリオンと一緒に探しに来たんだ」

「ふーん。リオンにいはどこ?」


 きょろきょろと辺りを見回すアリシアだが、先ほどからリオンの姿はどこにも見当たらない。

 それでも夜盗は一人を残して全員倒れているのだから近くには居るはずだ。



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