奇妙な乱入者②
青年の忠告に、男は一瞬呆けた顔をした。
俺も彼の発言の意図が分からずにいるのだから、当事者からすれば思考停止するのは当然のことだ。
「はあ? 何言ってんだ。バケモンにバケモンって言って何が悪いんだよ。本当のこと――ぶッ!」
すべて口上を述べる前に、男は顔面を凹ませて地面へと倒れ込んだ。
華麗なストレートパンチに拍手を送りたいところだ。
もっとも、こんな状況でなければだが。
「……やってしまった」
我に返ったのか。青年は急に顔色を変えて頭を抱えだした。
どう見ても自業自得なのだが、それでも先ほどの彼の行いは俺の為のようにも思う。
だから尚更、俺はこの青年のことが理解できないでいた。そもそも根本からズレているのかもしれない。
今まで半魔であることを侮蔑しない人間はいなかった。
血の繋がった親や兄弟でも掌を返したようにバケモノだと罵る。
それが当たり前のこの国で、俺の目の前にいる青年はとても異質に見えた。
今まで目にしてきた常識がゆっくりと足下から崩れていくような感覚だ。
「それで、俺はこれからどうなるんだ?」
「……はい?」
落ち込んでいる青年に声を掛けると、俺の存在を失念していたのか。間抜けな返事が聞こえてきた。
「あんたがそいつを殴ってしまったから、俺を捕縛するっていう目的もなくなるんじゃないか?」
一縷の望みを掛けて提案してみると、青年は俺と対面したまま腕を組んで思案する。
早急にこんな状況から逃れたいから、肯定してくれると助かるんだが。
「そうですね。でも、そこに転がっている人たちを倒したのは貴方だ」
「そうだな」
「流石にそれはやり過ぎです。幾らここの住人がクズだからと言っても、危害を加えたことには変わりない」
「……それは」
「それに、貴方は見るからに怪しい。こうして対峙するには十分な理由があります」
怪しいのは否定しない。というか出来ない。
それを言われてしまったら言い返す言葉もないし、実際にその通りだ。
けれど、いつまでもここで足止めを食らっているわけにはいかない。
あと一時間もすれば陽が落ちる。それまでにミルを見つけなければ。夜になってからではどうにも出来ない。手遅れだ。
「悪いがあんたに構っている暇はないんだ。こうして話している時間も惜しい。そこを退いてくれないなら腕づくで通らせて貰う」
この青年、悪い奴ではないのは確かなのだが、なにぶんクセが強すぎる。そんな相手に話して納得させようとしても骨が折れるだけだ。
無駄な争いは避けるべきだが、ここは強行突破させて貰おう。
俺の好戦的な態度に、青年は押し黙った。
けれど、その沈黙とは裏腹に怖じ気づいたようには感じられない。
「良いですよ。僕を倒せたら何処へなりとも行って下さい」
「随分と腕に自信があるみたいだな」
「他の隊員は面倒がってやらないけれど、剣の稽古は毎日欠かさず行っているのでそれなりに腕は立つと自負しています」
にこやかに告げて、腰に下げていた剣を抜いて構える。
鞘から引き抜かれた剣の刀身は鈍い輝きを放っていた。
おそらく特別な素材を使った、特注品とやらなのだろう。
「これは使わないつもりだったのですが、手を抜かれたと思われるのは心外なので」
「何でも良いから早く始めてくれ」
催促すると青年は頷き、俺との距離を詰めてくる。
さっさと打ちのめして終わりにしよう。
そんなことを考えながら、上方から振られた剣を真正面から受け止める。
予想したとおり、どれだけ剣戟を弾いても俺の左腕は傷つかない。
けれど、受ける衝撃は頑丈な腕があるからといっても防ぎようがなかった。
剣筋も、それなりに重量がある武器のはずなのにそれを感じさせないものだ。鋭く、的確に俺の防御の穴を狙ってくる。
反応がワンテンポ遅れる右半身、下半身を攻められては中々に戦いづらい。
それでも刀身さえ掴んでしまえばこっちのものだ。
正面からの重い剣戟を横薙ぎで弾くことなく左手で掴む。
肩が外れるんじゃないかと思うほどの衝撃をくらったが、なんとか相手の動きを制止することには成功したようだ。
しかし、その瞬間途轍もない違和感に襲われる。
それを確かめる前に、肉薄した青年から感嘆の声が漏れた。
「見た目通り堅いですね。これだと並大抵の武器では斬るのに骨が折れる」
「……それはどうも」
攻撃を封じられても青年は涼しい顔をしていた。
けれど、凄まじい握力で締め上げている刀身を引っこ抜くのはどうあっても不可能だ。
それに加えて、明瞭なほどの不可解さが滲んでいる。
これは俺が感じた先ほどの違和感にも通ずるものだ。
こうして左手で刀身を掴んではいるが、かなりの力を込めているというのに未だ剣の形を保っている。刃こぼれもしていなければひしゃげてもいない。
勿論、手を抜いているつもりはない。
武器を取り上げる、もしくは使用不可能にすれば相手も手出しは出来ない。それを最優先で狙っていたはずなのだが、この状況。どうにも雲行きが怪しい。
俺の腕の硬さもかなりのものだが、この剣はそれの比ではない。
物理では傷一つ付かない物質。そんなもの心当たりは一つしか無い。
「この剣、魔石を使って打たれたものか?」
「驚いた。こんな短時間で気づかれたのは初めてですよ」
俺としては半信半疑だったのだが、問いかけに対して青年はあっさりと肯定した。
魔石の加工はかなりの技術を要するものだ。装飾品ならまだしも、こうして武器に加工できるとは思ってもみなかった。
けれど、幾ら傷が付かず頑丈だからといってこの状態では何も出来ないはずだ。
もはや勝負は着いたと言っても過言はない。
「それで、ここからどうするつもりだ? 言っておくが俺はこの手を離すつもりはない」
「そうですね……」
それなのに彼の口から、降参の一言は出てこなかった。




