奇妙な乱入者①
烏合の衆がいくら集まったところで勝負にはならなかった。
数分後、十人は居た取り巻きは全て呻き声を上げて地面に倒れ伏していた。
生身の人間と半魔とでは何をどうしても後者の方が圧倒的に有利だ。
硬質化した俺の左腕では、生半可な武器では傷すらも付かない。
「……振り出しに戻ってしまった」
呻き声が渦巻く中心で独りごちて頭を掻く。
男の話が真実なら、このスラム地区にはあの少年は来ていないみたいだ。
この場所への唯一の入り口はさっき通ってきた門扉のみ。
彼の口ぶりだと子供は見ていないようだったし、他の場所を探す必要がある。
「そうは言っても心当たりもないし……」
どうするべきか思案していると、背後から物音が聞こえた。
――スラム地区の門扉が開く音。
誰かがこの場所に来たということだ。
振り返ると、白の隊服が見えた。
あれは討伐隊のものだ。けれどおかしい。詰め所の隊員はこの場所には行きたくないように見えた。それがわざわざこの場所に来るだろうか。
不審に思っていると、俺の眼前に現れた白髪の青年はこの現状にたじろいだ。
けれど、すぐさま状況を把握して平常を保つ。
一見、髪色のせいで俺よりも遙かに年上の隊員なのかとも思ったが、俺と歳はそんなに変わらないように見える。
それでこの落ち着きようだ。若いのに随分としっかりしている。
「これは……貴方がやったんですか?」
「まあ、結果を見ればそうなるな」
地面に倒れ呻いている男たち。その中心に立ち尽くしている怪しい人物。
この惨状を見たら誰だってその答えに行き着く。
俺の答えを聞いて、青年は何やら考え込んだ。
ここはスラム地区で、城下の表通りと比べるまでもなく治安が悪い。おそらく彼も正当防衛と理解してくれているはずだ。
けれど、どういうわけか決断を渋っている。
初めはそれに違和感を覚えたが、すぐにその理由が分かった。
「た……助けてくれッ!」
倒れていた男たちの一人がやっとの思いで立ち上がり、青年の元へ駆け寄る。
男は立派なごろつきなのだが、それでも青年は自業自得だと縋り付いた手を振り払おうとはしなかった。
「わかりました」
青年は一言、それだけを告げると再度俺へと向き直る。
そうして二言目には、思ってもみないことを言い出した。
「そういうわけで、助けを求められので僕は貴方を捕縛しなければいけない。正当防衛なのは理解していますが、立場上、彼の願いを反故には出来ませんので」
「なるほど……」
決して青年の言い分に納得したわけではない。
そもそもこんな奴らは助けてやる必要などないのだが、そんな考えは彼の中には存在しないみたいだ。
出会って早々、こんなことを言うものではないが、この青年、かなり面倒な性格をしている。
立て続けに起こる災難に頭を抱えたくなるところだが、こんなところでお縄に掛かっていたらいつまで経ってもミルの元へは辿り着けない。
「あんた、頭が固いって言われないか?」
「困っている人を助けるのは騎士の務めですから」
「俺も今ものすごく困っていて助けて欲しいんだが」
「物事には優先順位というものがあるので、それは貴方を捕らえてからですね」
なんとか説き伏せようとはするものの、まったく聞く耳を持たない。
先ほどのごろつきとは違って話は通じるのだが、微妙に会話が噛み合わない。
俺の話も理解しているようでしていないのか。
今まで遭遇してきた人間のどれにも当て嵌まらないタイプだ。
関わったらやばいと思える相手はぶっちぎりでボスだったのだが、それと良い勝負をしそうなくらい。
会話を終えると、青年は俺へと近づいてきた。
仮にも十数人をこんな状態にした相手に、なんとも無遠慮に接近してくる。
見たところ彼の装備は腰に下げた剣のみだが、それに手を掛けることもしない。
それだけ腕に自信があるということか。
「気をつけろよ! そいつバケモンだからな!」
「……バケモノ?」
「岩みてえな気味わりい腕してるだろ。そいつであいつら全員のしちまった」
青年の背後で逃げ出した男が声を上げた。
恐々と語った男の言葉に、俺へと向かっていた青年の足がぴたりと止まる。
その様子を見てやはりこいつも他の連中と一緒なのかと、そう思った。
けれど、俺のその考えは一瞬で覆される事となった。
「今、彼のことをバケモノと言いましたか?」
「え? あ、ああ。だから気をつけろって」
「僕の前でその言葉を使うのはやめて頂きたい」
静かに、怒りを湛えた声音だった。
振り返った青年の表情は見えないが、きつく握られた拳は微かに震えているようにも見える。
何にそんなにも怒っているのか、俺には皆目見当も付かない。
俺のことをバケモノだと呼んだ。それに怒っているのだろうが、彼が見ず知らずの俺に対してそこまでする義理はないはずだ。
現に先ほどまで俺を捕らえようとしていたのに、言っていることとやっていることが矛盾している。




