スラム地区
急いで少年の後を追って路地を抜ける。
しかし場所が悪い。抜けていった先は人通りが多い商業区だ。
いくら半魔で目立つと言ってもこの喧騒の中から子供一人を探し出すのは無理に近い。
それに加えて少年がどこへ逃げたのかも分からない。
半魔ゆえに行き場所は限られているとは思うが、生憎、王都の地理には詳しくない。
取りあえず、騒がしい商業区を抜けて広場まで引き返す。
よくよく考えてみれば広大な王都の城下町を俺一人でどうにかしようというのはあまりにも無謀だ。
急がば回れと言うし、盗難に遭ったのも事実。ここは一つ助力を乞うことにしよう。
広場から西に進んで、向かったのは討伐隊の詰め所。
ここ、王都の治安維持は国王直属の討伐隊が担っている。
討伐隊と言っても、そうそう大掛かりな任務が舞い込んでくるわけではない。むしろ、平時の見回りが彼らの主な仕事になっているほどだ。
詰め所に足を踏み入れると、入り口で白の隊服に身を包んだ隊員に声を掛けられた。
「君、どうかしたのか?」
「荷物を盗られてしまって、犯人を捜すのを手伝って欲しいんだ」
「ふむ。犯人の特徴は何か分かるのか?」
「十歳くらいの半魔の少年だ」
俺の話を聞いた男は、途端に苦い顔をした。
理由は聞かなくとも分かる。ここの連中も例に漏れず、ということだ。
「あー……ちょっと待ってくれ」
俺へ断りを入れると、男は後ろで休憩中の仲間へと声を掛けた。
「フォルオってまだ戻ってきてないよな?」
「昼前に見回り行って帰ってきてないぜ」
「だよなあ……どうすっかな、これ」
見るからに面倒そうな態度に、関わり合いになりたくないのだと理解した。
勤務態度としてはどうかと思うが、返事を渋った時から予想はしていたことだ。
「協力出来ないのならそれでも良い。ただ王都の地理に疎いから、犯人が行きそうな場所に心当たりがあれば教えて欲しい」
それを聞いて男は表情を和らげた。態度から心の内が透けて見える。
それでも余所の連中よりは腐っていないのが多少なりとも救いかもしれない。
「あいつらが行きそうな場所と言えばスラム地区だろうな。ここの詰め所を出て左に進めば入り口が見えるはずだ」
「わかった」
「兄ちゃん、あそこ治安悪いから気をつけてな」
去り際のアドバイスに相づちを返して詰め所を後にすると、すぐさまスラム地区へと向かう。
まるで隔離するかのように佇んでいる門扉を開けて地区内へと入ると、いきなりガラの悪い連中に絡まれた。
「兄ちゃんよお、こんな場所に何の用だよ」
「人を探している。十歳くらいの子供だ」
絡んできた男は見た限り半魔ではなく普通の人間みたいだ。
辺りを見回すと似たような連中が目に付く。
「ここに子供は来ねえよ。よっぽど訳ありじゃなきゃな」
「訳ありか……だったらここにいるかもしれない。通らせてもらう」
目の前に立ち塞がった男を押し退けて進もうとすると、そんな俺を制止して男はこんなことを言い出した。
「待て待て、ここを通りたきゃ通行料を払って貰わなきゃいけない決まりになってんだ」
「……幾らだ?」
「そうだなあ。兄ちゃん身綺麗だし結構持ってそうだから、ここは有り金ぜんぶ置いてって貰おうか」
なんとも馬鹿げた要求だが、さっさと払って進ませて貰おう。
――と思っていたのだが、そういえば盗難に遭っている最中なのだった。
「すまないが、荷物を盗られたから金目のものは何も持っていないんだ」
唯一持っているものと言えば、外套の内側に括っていた気味の悪い仮面くらいか。
一応、荒事も考慮して顔を隠せるようにと持ってきてはいたが、このぶんだと近い内に使うことになるかもしれない。
「はあ? そんなんで騙されると思ってんのか!」
「騙すも何も本当のことで…………はあ」
胸ぐらを掴まれて強請られるがないものはない。
勘弁して欲しいのだが、こいつらに言葉で言っても分かってはくれないだろう。
なんだか今日はとことんツイていない日だ。せっかくのミルとの楽しいデートも台無しになってしまった。
思い返しただけでなんだか無性に腹立たしい。
「金がねえんなら身ぐるみ剥いで貰うだけだ!」
うんざりしながら、胸ぐらを掴んだ腕を左手で掴んで引っぺがす。
「いッ……ぎゃあああああ!」
軽く掴んで離しただけなのだが、力の調節を誤ったみたいだ。
男は絶叫しながら地面に倒れ伏した。腕を押さえながら声にならない叫びを上げて震えている。
腕の骨が折れているのか。変色した皮膚の色が痛々しい。
「すまない。そこまでやるつもりはなかったんだ」
本心からの言葉だったが、ここまでやってしまったらそんなものには何の意味もない。
おそらく、ここの連中のリーダーだったのだろう。
倒れた男の取り巻きたちが、各々武器を構えてにじり寄ってくる。
「お前! ここから生きて出られると思うなよ!」
勇ましくそんな台詞を吐き捨てて、取り巻きが襲いかかってきた。
彼が振り上げた錆びた剣を、左手で掴んで軽々と握りつぶす。
外套の下、露わになった俺の腕を見て男は目を見開いた。
「ひぃっ! バケモ――ぶっ!」
余計な事を言う前に鳩尾を殴って沈黙させる。
男を地面に捨て置いて周りを見回すと、突き刺さる数多の視線。
分かってはいたが、嫌悪の眼差しというものは中々に堪える。
「怪我はさせたくないから通して欲しい」
牽制になればと忠告したのだが、こんなもので場が丸く収まるわけはない。
溜息を吐き出して、外套の下。仮面を取り出して嵌める。
「……ッ、黙れバケモンがあ!」
それと同時に、一人の怒号に続いて俺の周りを取り囲んだ男たちが次々と襲いかかってくる。
逃げるチャンスは与えた。けれど、彼らの選択は俺というバケモノを排除するというものだった。
だったら俺もそれ相応の対応をしなくてはならない。




