半魔の少年
ミルと戯れていると路地の向こう側――露店通りが騒がしいことに気づいた。
「……何かあったのか?」
ミルを鞄の中にしまって様子を見に行くと何やら人だかりが出来ている。
遠目から見ると、どうやら俺たちがさっき立ち寄った装飾品の露店がこの騒動の元になっているみたいだ。
聞こえてくる怒声にただ事では無さそうだが、どうするべきか。
厄介事には関わらないのが吉だが、そう言っていられない雰囲気だ。
少し近づいて様子を見ると、怒鳴られているのはまだ十歳かそこらの子供だった。
けれど、どういうことか。誰もその子を助けようとはしない。
どうやら露店の商品を盗んだみたいだが、それにしてもこのよそよそしさは奇妙だ。
不思議に思っていると、野次馬の囁き声から得心がいった。
どうやらあの子は半魔らしい。
症状の進行は見た限りでは酷いものではないが、人々の反感を買うには十分なものだろう。
「ちょっと待ってくれ。そんなに怒ることはないだろ」
流石にこの状況を見て放っておくことはできなかった。
「……さっきの兄ちゃんか。そうは言っても、こいつが俺んとこの商品盗んだことには変わりねえ。何のお咎めも無しにとはいかねえよ」
「金なら俺が立て替える」
「そう簡単な話じゃねえんだよ。こんなバケモンに面倒事起こされちゃ、店の評判も落ちる。商売あがったりだ。そのツケは誰が払うってんだ?」
「それは……」
店主の言い分も理解できる。金で信頼は買えないし、この問題を解決できる力は俺には無い。
「だからこいつはお役所に突き出す。補助金がもらえりゃあ、客足が遠のいても損失分は賄えるはずだ」
「……っ、放せハゲ!」
暴れる少年の腕を掴んで、店主は薄らと笑みを湛えた。
表向きには懐が温かくなる良い制度だと誰しもが言うだろう。
けれど、実際はそんなものではない。裏取引によって得ている金だ。
しかし、仮にこの事実を知っていたとしてもこの国の人間はさして気にも留めないだろう。
こんな年端もいかない子供をバケモノだと罵る彼らならば。
「俺はバケモンじゃねえ! 人間だ!」
「人間がこんな獣みてえな手ぇするわけねえだろ」
少年の右手には鋭い爪が生えていた。加えて茶色の長い体毛も見える。
亜獣化症のせいでああなったのだろう。見たところ、それほど症状は進行してはいないようだが、そんなもの誰も気にはしない。
「俺だって……好きでこんな身体になったんじゃねえ」
今にも泣き出してしまいそうな弱々しい声音に胸が痛む。
そんなのを聞いてしまったら、この状況、どうにかするしかない。
と言っても俺にはこの場を丸く収められるほどの良案はない。
となればこれしか手段はないだろう。
「オヤジさん、盗んだ商品の代金はこれで足りるか?」
「うん? 少し多い……あっ!」
「迷惑料も上乗せしておいたから、それで勘弁してくれ!」
手に握らせた金を確認している合間に、俺は少年を担いで走り出していた。
俺が何を言ったところで焼け石に水、打開策にはならない。だったら逃げた方が手っ取り早い。
暴れる少年を押さえつけながらさっきの路地に潜り込んで、出来るだけ大通りから離れる。
しばらく進んだところで後ろを確認すると、追ってくる人影は見当たらない。どうにか上手く逃げられたみたいだ。
ホッと一息吐いて担いでいた少年を下ろすと、開口一番、噛みつかれた。
「何やってんだよ、アンタ!」
「どうにも出来ないから逃げたんだ」
あの状況ではこれが最善だったように思う。
和解出来ればそれに超したことはなかったが、どう考えても無理そうだった。
だからこうして逃げ出してきたわけだけど、どうやら目の前の少年はそれが気に食わないらしい。
「あ、アンタには関係ないだろ!」
「確かにそうだけど……」
「それに助けてくれなんて頼んでない!」
「まあ、その通りだな」
少年の言葉には反論の余地もない。こんなことをしているのは完全に俺のエゴだ。
「でも放っておけないだろ」
「……な、なんだよそれ」
俺の一言に、少年は下を向いて黙り込んだ。
普通なら助けてもらってこんな態度を取られれば誰だって機嫌を損ねる。
けれど、俺は怒る気にはなれなかった。
あんな扱いを受けてきたのなら、誰も信用出来なくて当然だ。
突っかかってくるのだって自己防衛のようなもの。この子を責めようだなんて考えにはなれない。
――そう思っていたのだが。
「そんなの信じられるわけないだろ。この、偽善野郎!」
叫び声と共に勢いよくタックルをかまされて、よろけた隙を狙って少年は駆けだした。
――俺の鞄を引ったくっていきながら。
「しまった!」
あの中にはミルが入っている。
他のものなら構いはしないが、ミルだけはダメだ!
前言撤回。
なんとしてもあのガキを捕まえて説教してやらなければ。




