サプライズ
「さっそくミルに付けてもらいたいんだけど、確認したい事があるからちょっと待っててな」
「キュウゥ?」
ミルに断りを入れて、向かったのはすぐ傍の人気の無い路地。
このブレスレットが本物か偽物か。確認するにはこれが一番手っ取り早い。
外套の内側に隠してあった左手でブレスレットを軽く握りしめる。
魔石は物理的な衝撃では傷一つ付かない。
このまま力を込めて変形しなければ、即ちそれは本物の魔石で作られた代物ということだ。
結果を述べると、どうやら俺は良い買い物をしたみたいだ。
手の中のブレスレットには傷一つ付いていなかった。
それにほっと息を吐く。
もちろん考え無しの行動ではなかったが、せっかくプレゼントとして選んだ品物だ。出来ればミルに身につけて欲しい。
――そういうわけで。
「お兄ちゃんからミルにプレゼントがあります」
「キュゥ?」
路地の段差に腰を下ろして、ミルを鞄から出す。
俺の発言に、ミルは首を傾げてじっとこちらを見つめてくる。
一応、店主とのやり取りはミルも聞いていたはずだけど、この反応を見るに眼中に無かったのだろう。
店の前で足を止めた時からたくさんの装飾品に夢中だったし、そんな様子も微笑ましい。
それに、結果的にサプライズを演出できるのだから何も問題は無い。
唯一の問題は、これをミルが気に入るかということ。
膝の上にミルを乗せて向かい合うと、手の中に隠してあったブレスレットをお披露目する。
素材に魔石を選んだのは、耐久性がずば抜けているからだ。
ミルに荒事はさせるつもりはないし、させないが万が一という場合もある。
もし俺からのプレゼントが壊れてしまったらミルは悲しむだろう。
他の物よりは派手さも豪華さも無いが、脆いよりはマシだと思ってこのチョイスにした。
けれど、ミルの反応を見てみると過ちだったかもしれない。
「……ミル?」
どうしたことだろう。
手の中のブレスレットを見つめたまま、ウンともスンとも言わない。これは少しおかしい。
「も、もしかして気に入らなかった?」
こんな見栄えのしないブレスレットよりも、綺麗なものは他にもあった。どう考えてもそっちの方が嬉しいに決まってる。
不安になりながらも先ほどから黙り込んでいるミルに尋ねると、違うとかぶりを振られた。
じゃあさっきのおかしな沈黙は何だったのだろう。
こういう時、意思の疎通が出来ないのは物凄く不便だ。
ミルが俺に気を遣っていないのを前提とすると、俺のプレゼントが嫌ではないのだったらその反対。
「えーっと……嬉しかった?」
「ギャウ!」
飛び跳ねんばかりの勢いでミルが応えた。
どうやら俺のプレゼントは気に入ってくれたみたいだけど、こんなに喜んでくれるとは思わなかった。
俺の膝の上では、ミルがもらったブレスレットで戯れている。
齧ったり、輪の中に顔を突っ込んだり。なんとも独特な遊び方だが、楽しそうで良かった。
「一応、ミルが付けられるように丁度良いサイズの物を選んだんだけど、どこが良いかなあ」
顔を突っ込んだは良いものの抜けなくなって、口輪のような有様になりながらもじゃれているミルを見守りながら、どうしたものかと思案する。
やはり無難なのは腕だろう。あの大きさなら付けられそうだ。
けれど、歩くときにずり落ちてくると邪魔になる。四足歩行なら尚更だ。
他の場所となると、角の部分か。あそこならずり落ちてくる心配もない。
けれど、自分では確認できないからミルは嫌がるかもしれない。
「ミルはどっちが良い? 腕と角」
ブレスレットを顔から外し終えたところで、ミルに聞いてみると俺の質問にミルは少し黙った。
それからさっきみたいに、輪っかに顔を突っ込んで俺を見つめてくる。
一連の反応に何を言いたいのか分かった。
「角に付けたいのか? 腕じゃなくて?」
「ウウゥ!」
肯定するかのようにくぐもった鳴き声が聞こえる。
口が開かないからこんなことになっているが、頭を縦に振るところを見ると俺の判断違いというわけでもなさそうだ。
「でもそれだと自分じゃ見れなくなるけど」
再度伺いを立てると、俺の予想に反してミルはまたも頷いた。
ミルの考えがまったく読めない。
とにかく、断る理由もないし言われた通りに左の角にブレスレットを通してやると、ぴったりと嵌まってくれた。
ミルもご満悦みたいで、何はともあれ良かった。
「とっても似合ってるよ」
鈍く光るブレスレットはなんだかんだで目を引く。
付けたばかりで見慣れていないからかもしれないが、結構目立つものだ。
そんなことを考えて、さっきのミルの選択の意図が分かったような気がする。
たぶん、あれは見せびらかしたいってことじゃないか?
俺に褒められたのが嬉しかったのか。
擦り寄ってきたミルを撫でながら、思うことは一つ。
やっぱり俺の妹は最高にかわいい。




