城下町デート
馬車に揺られて一時間。
辿り着いた王都の城下町はたくさんの人で賑わっていた。
ここには何度か来たことはあったが、昔の記憶よりも人で溢れている。
国の中心でもあるし交易も盛んだ。結果、何をするでもなく人も集まってくる。
「すごい人だなあ」
「キュウゥ」
返事をするかのように、すっぽりと収まっている肩掛け鞄の中からミルの鳴き声が聞こえてきた。
本当は俺の肩に乗って一緒に街中を回りたかったのだが、それだとあまりにも目立つ。
苦肉の策でこうして鞄の中に入ってもらっているわけだ。
鞄の口は開けたまま、そこから顔を出して外を眺めるミルは存外楽しそうにしているし、この状況に不満は無さそうだ。
大きな噴水がある広場まで辿り着いたところで、一旦足を止めて噴水の淵に腰掛ける。
この広場を中心に四方に様々な区画が伸びている為、街の入り口よりも周囲は忙しない。
人波をぼんやり眺めながら、ミルの行きたそうな場所を徒然と考えてはみるが、どれもあまりピンとこない。
兄なのだから少しは見当くらい付くと高を括っていたらこのざまだ。
一応、ロベリアには聞いてはみたのだが、得られた情報は飯が美味い食い物屋と酒の美味い居酒屋の情報くらいだった。
どれもミルが楽しめる場所とは言えないし、開店は夜からだから教えてもらったところで意味はない。
しばらく悩んだ挙げ句、直接聞いてみることにした。
「ミルはどこに行きたい?」
鞄の中から顔を出して通行人を興味深げに眺めているところに尋ねると、ミルはきょろきょろと辺りを見回して、それからある方向を向いて鳴いた。
視線の先を見遣ると、どうやら商業区画に行きたいらしい。
遠目に見ると何やら露店がずらっと並んでいるようで、あれなら見応えもあって楽しそうだ。
「露店巡りか。良いな、楽しそうだ」
「ギュイィ」
見据えた方向からは美味そうな匂いも漂ってきている。
今回のミルとのデートは楽しいものになりそうだ。
露店通りを巡っていると、ある店の前でミルが声を上げた。
足を止めて見ると、どうやら装飾品を扱う店のようだ。
首飾りや指輪が台の上に並べられて輝いている。
ミルが、この店を気に掛けたのが少し予想外だった。
けれど、女性はこういった光り物が好きと言うし、ミルだって女の子だ。興味はあるのだろう。
そういえば、俺の母親もよくこういった装飾品をジャラジャラ付けて着飾る人だった。
裕福な家だったし、そんなものに金を掛ける財力もあった。当時は特に気にも留めていなかったことだ。
ミルも母親のものを借りてよく遊んでいたように思う。
そう考えるとここで呼び止められたのは、つまりそういうことだ。
ご褒美に一緒に街に出掛けるとは言ったものの、ただ出掛けるのではやはり味気ない。
流石に高価な宝石をあしらっているものは厳しいが、それ以外ならば値段は手頃だし買ってあげたらきっと喜んでくれる。
「お、兄ちゃん。なんか買ってくかい?」
「ああ……そうだな」
そう思っていたのだが、ここに来て一つ重大な問題が浮上した。
というのも、この店の装飾品はすべて人間用だ。
当たり前なのだが、ミルにプレゼントするにはそれだと困る。
どうしたものかと頭を悩ませていると、視界の端に鞄の中でじっと店の商品を眺めているミルの姿が目に入った。
やはり、この状態のミルへの贈り物となるとあれしかない。
首飾りでは強度が心許ないし、指輪は小さすぎる。
一番無難なのはブレスレットだ。これくらいの大きさなら小さすぎることもない。
少しズレた使い方をするかもしれないが、そこはそれほど重要でもないはずだ。
「ブレスレットを見せてくれないか?」
「それだとここいらの物がオススメだ。特にこれ! 加工がとびきり難しいって言われてる魔石で作られたブレスレットだ」
「……これが?」
店主が見せてきたのは、お世辞にも美しいとは言えない、くすんだ色をしたブレスレットだった。
大凡、この店には不釣り合いの粗悪品のような見た目に、オススメされた最初こそは驚いたものの本当なのかと疑わしくなる。
俺の心を読むかのように、店主は一つ溜息を零した。
「いやあ、実はこれミュニムルから来た商人から買い取ったものなんだが、物珍しさから買っちまったは良いが、こんなんだろ? 今思えば偽物を掴まされたとしか思えない。長いこと店の肥やしになっているし、ここらで処分したいんだよ」
結構高かったんだけどなあ、と店主は重々しげに呟く。
なんとも気の毒な話だが、これをプレゼントとして贈るのはどうだろうか。
これよりももっと見栄えの良いものはあるし、店主の推しに負けて買ってやる義理はない。
店先で悩みあぐねていると、あることを思い出した。
魔石はマジックアイテムの製造には不可欠だ。
店主も言ったように、魔石の加工は特殊な技術が無ければ出来ないとされている。だから滅多に出回ることはないし、高値で取引される。
要は、価値を理解している者からするとこのブレスレットはかなりのレアものということになる。
そして、コイツの価値を最大限に引き出せる人物を俺は知っている。
魔法に秀でてるボスならば、これに付加価値を付けられるはずだ。
「いくらだ?」
「おっ! 兄ちゃん、買ってくれるのか!?」
「法外な値段でなければ」
「わかったよ。買い取った値段の半分、金貨八十でどうだ?」
「それだったら、こっちの翡翠のブレスレットで良いよ。値段も同額だ」
「……四十、いや三十ならどうだ!」
俺の交渉を待たずに、店主は値段を下げていく。よっぽど早く処分したいようだ。
商品を長期間留めておくと、運が離れていくというのもあるのだろう。
そういった迷信みたいなものを商売人は信じていて、だからこういった福を招かないものは手元に置きたくはないらしい。
「三十で良いよ」
「よし、決まりだな」
店主に金を渡して、手元には鈍く輝くブレスレットが一つ。
これが本当に魔石で出来ている代物であれば、良い買い物をしたと気分も弾むものだが、さて。




