解決策
「要は、ロベリアの任務を撤回させれば良いってことだろう? それほど難しいことでも無い」
突拍子もないボスの発言に、ロベリアと顔を見合わせる。
どう考えても不可能にしか思えないのだが、ボスが言うには方法はあるらしい。
俺にはさっぱり見当も付かない。
「先も言ったとおり、ルピテスはミュニムルと戦争がしたいんだ。けれど、グランハウルが邪魔だから先にそれをどうにかしないと目処が立たない。だから暗殺任務なんてことを命じたわけだけど、つまりは侵略する口実さえあれば何でも良いということだ」
ロベリアの任務も成功すれば無条件降伏に繋がる。ボスの言い分は何も間違ってはいない。
問題はその口実ってところだ。国そのものを動かすほどの大義名分なんてあるとは思えない。
「そんな都合の良い話、無いと思うんだけど」
「無いなら作ってあげれば良い。難しい事は何もないね」
ロベリアの問いに、ボスはとんでもない事を言い出した。
無いなら作るって、発想がぶっ飛んでいる。
相変わらずの破天荒さに驚き固まっていると、いきなりガウルが荒々しく立ち上がった。
「俺は反対です!」
「……理由は?」
「自ら進んでルピテスと関わる必要は無いと言っているんです。そもそもボスの目的とあの国とでは相容れない。無用な接触は避けるべきだ」
「でも、こうでもしないと問題は解決できない」
「元々、ボスには関係の無いことでしょう。リスクがあると分かった以上、捨て置くべきだ」
「薄情な男だねえ、君は」
ガウルの言い分は、ロベリアを見捨てろと言っているようなものだ。
冷徹だが、ガウルにとってはそれ以上に護るべきものがあるのだろう。
俺にだってある。気持ちも分かる。だから、何を言っているんだと糾弾する事は出来ない。
「それでも、今回は諦めて欲しい」
「どっ、どうしてですか!?」
「だってこっちの方が面白そうだ」
思いがけない答えに、この場にいる全員が固まる。
俺でもこんな答えを聞いてしまったら頭が痛くなる。ガウルにしてみたら論外だろう。
「は? なっ……おもしろい?」
「クーデターをするよりも楽しそうだろう!」
ボスは興奮気味に天を仰いでそんなことを言う。
それにガウルは数秒固まって、それから声を張り上げて抗議しだした。
「そんなどうでもいい理由では納得できません!」
「君に理解されようとしまいとどうでもいい。これはもう決定事項だから今更何を言っても遅いよ」
無理矢理ガウルを突っぱねると、ボスは話を続けた。これから何をするか、そういった類いの話だ。
蚊帳の外に出されたガウルは椅子に座ると頭を抱えてピクリとも動かない。
「ジェフにやってもらうことは先ほど話した事と変わらない。アルバートに封書を渡してもらう。災禍の皇子からだって言えば彼も察しが付くだろう」
「わかった」
「ロベリアには、このままルピテスに戻ってもらう。私が記した書状と一緒にね」
「りょうかーい」
「ガウルには別件で動いてもらう……つもりだけど、まあ、これは後で頼むとして。各々、すべきことは定まったから、後はよろしく!」
指示を出し終えたボスは、未だ黙り込んでいるガウルを引っ張って談話室を出て行った。
なんとか説き伏せるつもりだろうが、あれは骨が折れそうだ。
「ロベリアは国に戻れって言われたけど、大丈夫なのか?」
「まあ、大丈夫でしょ。ボスが根回ししてくれるみたいだし、暗殺なんてしなくて良さそうだからラッキーかな」
相変わらずの軽いノリに苦笑して、話の最中、いつの間にか寝ていたミルを起こす。
「だから、この国ともあと数日でお別れってこと。たぶん、ルピテスに戻ったらここに戻ってくることもないだろうし、それは少し寂しいかな」
そうだった。任務のために潜入していたロベリアは事が済んだらルピテスへ帰ることになる。
ボスのお陰で任務自体無しになりそうだが、そもそもこの国の人間ではない彼女にしてみたら、グランハウルに居る必要すら無いんだ。
「それと、さっきは関係ないとか言って……その、悪かったよ。余計なお世話っていうのはその通りだから撤回はしないけど、心配してくれたのは少しだけ嬉しかった。少しだけね」
明後日の方向を向いて俺の顔を見ようとしないけれど、気持ちは伝わった。
しんみりとした雰囲気の中、それをかき消すように振り返ったロベリアはこんなことを言い出した。
「そういえばジェフ、デートはどうなったの?」
「ああ、それか」
「まだ昼前だし、今からでも行ってきたら? これから先、どうなるか分からないんだしさ」
ボスの計画通りに事が進めば、いずれ戦争が起きる事になる。
そうなってしまえばミルと街に出掛けるなんて事も出来なくなってしまう可能性もあるわけだ。
それを危惧するなら、何事も早い方が良いだろう。
「そうだな、今から出掛けるか」
「ギュウゥ!」
まだ眠そうだったミルは俺の言葉で完全に目が覚めたらしい。
テーブルの淵からジャンプすると、俺の服をよじ登っていつもの定位置へと陣取る。
「僕は眠いから寝るよ。楽しんできてね~」
大きなあくびを一つして、ロベリアは自室へと戻っていった。
それから諸々の準備を済ませて、ミルとふたり。
城下町へと足を運ぶのであった。




