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八方塞がりの状況

 

 兎にも角にも、裏切り者は死んでもらう、なんて事態にはならずにすんだ。

 そこは素直に感謝すべきだろう。


「それじゃあ、ロベリアはこれからどうするんだ?」

「そう! それなんだよ!」


 テーブルに突っ伏していたロベリアは勢いよく起き上がって叫んだ。


「ボスの計画と僕の任務、どっちを取るかって話!」

「ロベリアは暗殺、もしくはターゲットの無力化で、ボスはアルバートを(そそのか)してクーデターに繋げる。どうやっても相容れないと思うんだが」


 どちらか一方を立たせれば、もう一方は立ち行かなくなる。


 しかし、どちらも譲れない。ボスの計画は元より、ロベリアだってスパイとして潜入しているからには結果を出さなければならない。何も成さないままおめおめと国には帰れないはずだ。


 だから落とし所を付けようという話だったのだが、深く考えるほどに打開策は無いように思う。


「ロベリアはどうしてこの任務を与えられたと思う?」


 悩みあぐねている俺たちに、ボスは一つの問いを投げかけた。


「うーん、やっぱり戦争したいからじゃない? 西との間に国が出来たから王様はそれが邪魔なんだよ」

「十中八九そうだろうけど、だったら暗殺なんて面倒なやり方はしないはずだ。もっと別の意図があると私は考えるね」


 ボスの言う別の意図。

 確かに、暗殺なんて面倒なやり方よりは真っ正面から宣戦布告をする方が手っ取り早い。

 そうしない理由、もしくは出来ない理由でもあるのだろうか。


「戦力を温存したいが為に暗殺なのでは? この国のまともな戦力は限られている。人間ならまだしも、半魔を相手にするなら尚更グランが矢面に立たなければ勝機は薄いはずだ」


 腕を組みながらガウルが答える。


 この国の戦力と言えば、国王直属の討伐隊。冒険者と傭兵はいるが、正規ではないぶん確実な戦力とはいえない。金を積まれれば動きはするだろうが、相手が半魔と知れば腰も引けるはずだ。


「それが一番妥当だろうね。アルバートを潰せば、戦力差はルピテスの方が遙かに上だ。降伏するしか道はなくなる。それと単純に戦力温存の意味合いもある。ルピテスが戦争したいのはあくまでもミュニムルとだ。グランハウルなんて眼中に無い」

「じゃあなんでわざわざ攻めてこようとするんだ。直接西とやり合った方が良いんじゃないのか?」

「そうできない理由があるんだ」


 俺の疑問に答えたボスは、空間から大陸の地図を取り出してテーブルの上に広げた。


「この国の位置取りは、丁度両国の間。ルピテスがミュニムルへと攻め入るならば、北は険しい山脈が連なっているお陰で軍隊を引き連れての山越えは困難。南は海を渡って攻めなければならない。どちらもコストが掛かりすぎる」


 グランハウルが建国されてからの百年。大きな戦争が無かったのはこれがあったからだとボスは言う。


 この論はあながち間違いでも無さそうだ。

 長く続く戦争に嫌気が差した人間たちがグランハウルという国を創った。そこには戦争抑止という意味合いが含まれていたのかもしれない。


「どっちみち、ルピテスはグランハウルに攻め入るつもりなんだろう。そこは変わらないと思う。ロベリアの暗殺が成功すれば、それはそれで僥倖ということだろうね」


 成功しても失敗してもどちらでも良いということ。


「……それって、使い捨ての駒ってことか」


 それに気づいた途端に、無性に腹が立ってきた。

 例え、一国の王であったとしてもそんなことは許されるべきでは無い。


「暗殺任務、無かったことには出来ないんだよな?」

「そうだね、こればっかりは僕の一存では決められない。命令は絶対だし、出来ませんでしたで戻っても殺されはしないだろうけど……まあ、どっちみちやるしかないよ。でも、アルバートは手練れだって言うし、失敗して殺される未来しか見えないかなあ」


 呑気にそんなことを言うロベリアに、こんなので大丈夫なのかと心配になる。


 けれど、だからと言って俺に何か出来るのかと言われればどうすることもできない。

 俺が止めたところでロベリアは聞かないだろうし、任務遂行は無理でしたで許されるほど甘くは無い。


 俺の眼前、テーブルの上で寝転がっているミルも心細げに鳴き出した。

 他人ならまだしも、苦楽を共にした仲だ。死ぬ危険がある任務を、黙って見過ごすわけにはいかない。


「俺に何か手伝えることはないか?」

「え? なに、いきなり」

「ロベリアには戦闘訓練での借りもあるし、危険な任務なんだろ。俺なら多少の無茶は利く。死ぬ心配もないから――」

「ストーップ! ジェフ、何か勘違いしてない?」


 急に不機嫌さを醸し出したロベリアに、何かしてしまったのかと自分の言動を振り返る。

 そうした所で原因も何も思い浮かばないから、続けざまに手酷い言葉を浴びることになった。


「これは僕の問題であって、ジェフはまったく関係ない! 余計なお世話ってやつ!」

「か、関係なくはないだろ! 俺はロベリアのことが心配で言ってるんだ!」

「だからそれが余計だって言ってんの!」


 ロベリアがテーブルを力強く叩いた衝撃で、カップが倒れて入っていた茶がテーブルを濡らしていく。


「君たち、少し落ち着きなさい。そのカップ、人数分しかないんだから割れでもしたら困るんだ」


 悠長にボスはそんなことを言い出して、ガウルは散らかったテーブルの後始末をしだした。


 的外れな言動に、多少は冷静さを取り戻したけれど問題は何も解決していない。

 未だ不機嫌なロベリアはそっぽを向いて黙り込んだまま。


 そんな状況で、ボスが口火を切って話し出した。


「ジェフはロベリアには危険な任務をさせたくはないって言うんだろう。分からないでもないけれど、ロベリアも言った通りにこればっかりはどうしようもない」

「だからって、ただ指を咥えて見てるだけなんて出来ないだろ!」


「そうだ。だから、どうすれば良いかを考えなくてはならない」


 仮面の奥から注がれる視線に、固唾を呑む。


 ロベリアに訴えたところで現状は変わらない。

 暗殺任務を無くすには元を絶てば良いのだろうが、それは不可能だ。


「……どう考えても無理だ」

「――無理ではないね」


 無力さに拳を握りしめて項垂れていると俺の対面、ボスは思いも掛けないことを告げてきた。



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