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終わりよければ全て良し

 

「あのさあ、ボスに言っておきたい事があるんだけど」


 とても言い辛そうに言葉を濁しながら、ロベリアは話し出した。


 きっと、例の極秘ミッションの事だろう。色々と後ろ暗い事情もあるのだろうし、楽しい話題でもない。

 隣で聞いている俺も緊張してきた。


「でもやっぱガウルには聞かれたくないんだよね。絶対怒るに決まってる!」

「なぜ俺だけなんだ。こいつだって同類だろう!」

「ジェフは良いんだよ。ガウルみたいに短気じゃないし、話が通じるから」


 名指しされたガウルは当然の如く文句を垂れる。


 少なくとも良い気分にはならないし気持ちも分かるのだが、俺へと怒りの矛先が向きかねないこの状況はいただけない。

 茶が入っているカップを荒々しくテーブルに打ち立てて、指を差されてはどんな顔をすれば良いのか。身が縮む思いだ。


 ロベリアの意見を聞いて、ボスは息を吐いて思案しだした。

 思考の外では大乱闘に発展しかねないほどに緊迫した状況が続いているのだが、よくこれで冷静で居られるものだ。


 しばらくすると、喚き散らしている二人を宥めるようにボスから提案が成された。


「その様子から察するに、大事な話なんだろう。どうしても聞かれたくないのなら席を外させようか?」


 もっともな代案にボスの隣にいるガウルは面白く無さそうだ。

 泥沼化しそうな状況に固唾を呑んで成り行きを見守る。


「……ボスまでそんなことを言わなくても」

「ロベリアが嫌だと言うなら仕方ないじゃないか。大人しくして居られるなら話はかわるけれど、どうする?」

「ボスの命令であれば従います」


 なんとか丸く収まったみたいで一安心だ。

 実際、抱えている憂慮はまだ何も解決はしていないのだが。


「それで、話というのは?」

「単刀直入に言うけど、僕はルピテスの人間だ。ある任務のためにこうして潜入しているんだけど、そのターゲットがアルバート・ラッセル・グランなんだ。だから、ボスの今の計画と僕の任務が微妙に噛み合っていなくて、秘密にするよりも情報を共有して落としどころを探った方が適切なんじゃないかと思ったんだよね。だからこうして話しているわけ」


 やけに素直に喋りだしたロベリアの言動には焦燥が感じられない。

 まるでいつものように軽口をきくかのような態度にあっけに取られていると、そんな俺とは対照的に、ボスは酷く落ち着いた様子で答えた。


「君がルピテスの人間だっていうことは大凡察しが付いてはいたよ。ヴァンパイアなんて、この国じゃ見ないからね」


 確かに、名前だけは知っているが実際に見たことがあるかというとそうでもない。

 城下町のスラム地区には半魔が幾らか暮らしていると聞く。

 性質上、ヴァンパイアは生きるために人間へ危害を加える可能性もあるから、危険視されればスラム街でも生きていくのは難しいだろう。


「任務というのも、大方暗殺でしょう。ヴァンパイアはそういった荒事に適している」


 ガウルが話す事象に、俺も心当たりがあった。

 ダンジョン攻略の際、ロベリアは俺の影に入って道中協力してくれた。

 戦闘で手一杯で、便利な能力くらいにしか考えていなかったが、生物の影に潜むことが出来るのなら暗殺や密偵に適した能力だ。


「重要なのは、誰が手引きしたのか、という所だ。そんなの一人しか思い浮かばない」


 ボスの言う相手は、おそらくルピテスの魔王様とやらだ。

 けれど、そう断定するには些か腑に落ちない点もある。


 先ほどのボスの言動を振り返ってみれば、グランハウルはルピテスと裏であくどい取引をしている。少なくともこうして寝首を掻くような行為をするほど、両国の関係が悪化しているとは思えない。


 そんなことを思案していると、俺の傍らでロベリアが焦ったように声を上げた。


「ま、待って! 僕のスパイ行為についてはなんのお咎めも無し!?」


 随分とあっさりと受け入れられたものだから、本人も困惑しているのだろう。

 上擦った声に焦燥が微かに感じられる。


 ロベリアの問いに、ボスは一瞬固まった。

 まるで、何を言っているんだと意表を突かれたとでも言いたげな様子だ。


 ガウルと一度、顔を合わせてそれからこちらへと向き直る。


「私も似たような事をしようとしてるし、ねえ?」

「今更咎めるも何も無いだろう」


 両者の意見は見事に一致した。


 おそらくロベリアが恐れていたのはこのことだろう。

 裏切り者と糾弾されるかもしれない。だから今まで黙っていたんだ。

 結果はご覧の通り。取り越し苦労に終わったわけだが。


「良かったじゃないか。何事も無くて」

「まあ、そうなんだけど。なんだかなあ」


 すっかり毒気を抜かれた様子で、ロベリアはテーブルに突っ伏した。

 もう好きにしてくれと言わんばかりの態度に、彼女の今までの諸々の苦労を想像するとこうなるのも仕方ないのかもしれない。


 密偵や暗殺などは隠密活動が基本だ。正体がばれてしまえば任務遂行は不可能。どんな時でも気を張っていなければいけない。


 以前、俺の戦闘訓練に付き合ってくれるのはなぜだと、ロベリアに尋ねた時に彼女は息抜きみたいなものだと答えた。

 現に、ダンジョン攻略の時のロベリアは楽しそうにも見えた。あれは言葉通りの意味だったのか。


 俺にしてみれば息抜きなんて言えるようなものでは無かったのだが、今となっては良しとするしかない。

 終わりよければなんとやらだ。





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