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災禍の皇子②

 

「災禍の皇子について話す前に、まずは私の身の上話をしようか」


 傍らでガウルが茶を淹れている合間に、ボスはぽつぽつと話し出した。


「十五年程前に、現国王によって私は国外追放処分を受けた。……というのは建前で、本当は殺されそうになったところを上手く逃げ果せたってだけだ。ほとぼりが冷めるまで国外の方が安全だからね。見識を広める為にも色々と見て回って、ちょうど五年前にこの国に戻ってきた」


「問題はこの後だ。久しぶりに故郷の土を踏んだらおかしな噂が流れている。災禍の皇子っていう得体の知れない人物の噂だ。当然、十五年前にはそんな人間は存在しなかった。奇妙に思って調べてみると、噂の元ネタに心当たりがあってね」


「それが自分のことだった?」

「ご名答。誇張されすぎてデタラメな話もあるけど、大筋はそんな感じだ」


 ロベリアの問いに明朗に答えて、ボスはガウルの淹れてくれた茶に口を付ける。


 先ほども話題に上がった通り、災禍の皇子についての噂は様々だ。

 流石にすべてが真実ではない事は俺も感じている。けれど、ボスは今しがたそれらについて肯定した。

 つまり――


「亜獣化症について、関係があるのか?」


 国が半魔に対しての排斥行為に至った原因が災禍の皇子にあるとボスは言った。

 つまりは、自分がそれに何かしらの関わりがある、ということだ。


「無関係とは言えない。私が国を追われたのもそれが一番の原因だからね」


 ボスはさらりと告げて、茶を飲み干すとガウルにおかわりを要求する。


 ボスの言動からは負の感情が一つも感じられない。理不尽な扱いを受けて追放されたというのに楽しそうに話すものだから、聞いてるこちらも調子が狂う。まるで他人事のようなのだ。


「昔から半魔については独学で研究をしていたんだ。この国の連中を見ていればわかるだろうけど、そんなことをしていると変わり者だなんだと言われるようになってね。腫れ物扱いされることも常だ。生憎と、私は他人の評価に興味が無い人間だからどうでも良かったんだけど、周りがそれを許さなかった」


「ある事件をきっかけに、それが国王の耳に届いてしまった。それまでは黙認されていたんだけど、公にされるとそういうわけにはいかないんだろう。異端者扱いされて、今日に至る」


「半魔を疎ましく思う風潮みたいなものは、昔から少なからずあったんだ。そこに丁度良く私のような異端者が現れたから、結果それを助長することになってしまった。推察するにこれが近年見られる国ぐるみの横暴の真因だろう」


 そこで、ボスの話は終わった。


 ボスの経歴やら、色々と話は逸れてしまったが俺の疑問は解決できた。

 何が原因で今のグランハウルという国が出来上がったのか。

 災禍の皇子はきっかけでしかなかった。十五年前と比べるまでもなくこの国は最早手遅れなのだ。


「はーい、一つ質問してもいい?」

「なんだい?」

「殺されそうになるくらいの事って、ボスは何をしたのさ。ただ半魔について研究してるだけじゃ重罪になるわけないし、よっぽどの事じゃない?」

「……確かに」


 ロベリアの疑問に相づちを打つ。


 現在の情勢ならいざ知らず。ボスが国外追放もとい、この国から逃げ出したのは十五年前の話だ。半魔への風当たりもそこまで強くなかっただろうし、処刑されるほどの重罪なんて想像がつかない。


「そりゃあ、人工的に半魔を創れるとなると殺されもするね」


 素っ気ない物言いをして、ボスは笑いながら答えた。


 そうだった。そのことをすっかり失念していた。一般的に考えれば、ボスの技術はあり得ないことだ。


「亜獣化症の原因だってまだ解明されていないんだ。不治の病とされるそれをばらまけるなんて、どんな脅迫行為よりも凶悪だよ」


 亜獣化症の原因は以前不明のまま。世間ではそういう認識だ。だから治療薬すら存在しない。

 それを意図的に増やせるのだとしたらこれほど恐ろしいことは無いだろう。



「と、いうわけで。長話もここまでにしようか。ジェフには予定通りその封書をアルバートに届けてもらう。手段は問わないけれど、なるべく穏便に頼むよ」

「わかった」


 与えられたミッションに頷きを返して、ロベリアを見遣る。


 どうするべきか。例の話をここで打ち明けるか否か。

 胸中で悩みあぐねていると、不意にロベリアが声を上げた。


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