災禍の皇子①
「……災禍の皇子、ってなんなんだ?」
真っ直ぐな疑問をぶつけると、ボスは隣にいるガウルと顔を見合わせた。意表を突かれたとでも言いたげな様相で俺へと向き直ると、珍しく言葉を選びながら返答が成される。
「なに、と聞かれると答えに瀕する。強いて言うなら捉え所の無い亡霊のようなものかなあ。ジェフはどういうものだと聞いている?」
捉え所の無い亡霊――よくよく考えると、その例えはあながち間違っていないように思う。
方々で耳にする災禍の皇子についての噂は様々だ。
国中に疫病をばら撒いただとか。近年の王族の不審死も災禍の皇子の仕業だとか。
それと、国内での亜獣化症の原因を作ったとも言われている。
「――俺が聞いたところだとこんな感じだ」
真偽のほどは置いておいて、これ以外にも調べればまだ出てくるはずだ。
例に挙げたのはどれも重大事なのだが、畑の作物の実りが悪いだとか、どこかの誰かが病に罹っただとか。取るに足らない事象にまでも、災禍の皇子の名前が出てくる時もある。
事の重大さは関係なく、不幸や災いの代名詞として使われているのかもしれない。
「なるほどねえ」
俺の話を聞いて、ボスは嘆息すると天井を仰ぐ。
表情が見えないから何を思っているのかは知れないが、隣のガウルは渋い顔をして苦言を呈した。
「ふん、くだらない。どれもこれもデタラメの作り話ではないか」
先ほども感じたが、この手の話題はガウルにとって地雷なのではなかろうか。どうみたって機嫌が悪いし、言動にも棘があるように見える。
そんな彼を宥めるように、ボスが天井を仰いでいた顔を戻していつもの調子でこんな事を言い出した。
「うーん、でも一概にそうとも言えないかもしれない。確かに誇張されているけれど、心当たりが無いわけでもないし。ほら、火の無い所に煙は立たないと言うじゃないか」
「……なぜ少し嬉しそうなんですか」
「いやあ、ここまで煽てられると悪い気はしないだろう? それと結構面白い事にもなっているし、悪知恵が働くもんだなあって感心してたんだ」
「美名ならまだしも悪名で煽てられても意味が無いでしょう!」
「ガウルはカリカリしすぎなんだよ。もう少し落ち着いて」
「ボスは落ち着きすぎだ! だいたい――」
何やら雲行きが怪しくなってきた。
ボスに対して、ガウルの世話焼きなところは度々見ていたが、今回は一段とヒートアップしている。
「また始まったよ、ガウルのお小言。こうなると長いんだよね~。あー、やだやだ」
大人しく椅子に座って成り行きを眺めていると、うんざりとした様子でロベリアが文句を零した。
「……何にそんなに怒っているんだ?」
「さあ? 僕に聞かれてもわからないし」
それはもっともな意見だ。
けれど、自分の都合でああして怒っているわけではないと思う。ガウルは他の人間はぞんざいに扱うが、ボスにだけは信頼が厚い。それ故に身を案じて、ああして口を出すのだろう。
俺がミルを心配するのと似たようなものだ。
でも、今の話の流れでそうなるのは不自然だ。
これじゃあまるで――
「……災禍の皇子って、ボスのことなんじゃないか?」
先ほどのボスとガウルのやり取りを思い返してみると、そんな予感がする。まるで自分の事のような口ぶりだった。
けれど、そう考えるにはおかしな点もある。
当の本人にしては腑に落ちない箇所もある。俺が話して聞かせた災禍の皇子の情報について、初めて知ったような反応だった。
「――それ、半分当たりってところだ」
不意に聞こえてきた声に意識を戻すと、ガウルの小言から解放されたボスが俺の疑問に答えてくれた。
「半分って、どういう意味だ?」
「災禍の皇子っていうのは私のことだ。けれど、それについては私もよく知らないんだ」
ボスは心底参ったように告げて、深く息を吐き出す。
突然のカミングアウト。
いきなりのことに驚きはしたのだが、いまいちこの事実の凄さが伝わってこない。
そもそも、ボスの言動は俺の問いの答えになっていない。矛盾している。
「意味が分からないんだけど」
「だろうねえ」
俺の胸中をロベリアが代弁してくれた。
何やら込み入った事情らしい。
けれど、ボスもこれについて秘密にしようという腹づもりではないみたいだ。
「お茶でも飲みながら聞いてくれて構わない。一から話すとなると長くなりそうだからね」




