謀略の淵
「さて、本題に入ろうか」
パン、と手を打ち鳴らしてボスは声高に告げた。
「ジェフの戦闘訓練も大凡終わった事だし、少し状況が変わってきた。〆の通しは無しにして君には別のことをやってもらいたい。この封書をある人物に渡してきて欲しい」
空間から引っ張り出した封書を俺へと渡して続ける。
「アルバート・ラッセル・グランという男に渡してくれれば良い。ジェフも名前くらいは知っているはずだ」
「知っている、けど」
ちらりとロベリアを見遣る。
俺としてはなんともタイムリーな話題だ。
この封書を彼に渡すということは、ボスはこの男に何かしらの用があるということ。対してロベリアは彼の無力化、最悪暗殺という真逆の様相を呈している。
ボスのミッションの難易度はそこまで高くはないように思える。俺が知っておかなければならないのは、これを渡してその後どうするのかということだ。
最終的にはクーデターという流れにはなるのだろうが、それ如何によってはロベリアの成そうとしている事もここで明かす必要が出てくる。
「これを渡して何をするつもりなんだ?」
「アルバートには王家と喧嘩をしてもらおうと思っている。双方には建国当初から少なからず因縁があってね。表沙汰にはならないけれど、まあ、色々と黒い噂が絶えないんだ。今回はそこを利用させてもらう」
話を聞くに、どうにも信じられないことだ。
代々王家の守護を仰せつかっているグラン家は、国民からの信頼も厚い。下手をすると、殆ど顔を見せない王家よりも民衆に寄り添っているグランの方が支持を集めているかもしれない。
「……そんなふうには見えない」
「ああいう輩は蛮行を素知らぬ顔でやるからね。一つ挙げるなら、そうだなあ。亜獣化症の罹患者を国で保護しているだろう。しかも謝礼金まで貰えるなんて、美味すぎる話だと思わないかい?」
「確かに、言われてみれば」
考えたこともなかった。確かに、思えばおかしな話だ。
国で保護してくれると謳ってはいるが、その取引にはそれなりの謝礼金が支払われる。それが目当てで罹患者を攫って金をもらうという横暴も、ガラの悪い連中は平気でしている。その謝礼金もどこから出ているかも謎だ。突き詰めていくときな臭くなってくる。
「この場合、保護というのは上手い言いようで罹患者を排斥していると言い換えるとしっくりくる。ジェフは保護された彼らはどこで何をしているか知っているかい?」
「……いいや」
「彼らは皆、国外ヘ売り飛ばされる。国家間での人身売買だ。もっとも、商売相手はあのルピテスだから、半魔が暮らす分には快適だろうね」
「なんだってそんなことを……」
「半魔を国内から排除したいんだろう。だから金で釣って効率よく国外ヘ流す。それと単純に需要もあるんだ。ルピテスからしたら戦力補充にうってつけなんだよ。半魔は寿命が長い分、繁殖能力が無い。戦争しようにも兵がいなければ勝負にならないからね」
大凡の事情はわかった。けれど、納得のいかないところもある。
「元々、グランハウルは中立の立場なはずだ。個人ならまだしも、国が大々的にやるようなことではないだろ」
ボスの言葉を鵜呑みにするのなら、そこに大きな疑問が残る。
グランハウルという国の成り立ちは、東西の大国同士の争いに嫌気が差した人々が集って出来たと言われている。それ故に、争いの元になった差別や迫害、偏見を無くして共存しようという志を立てて平和な国を作ろうと。それが初代王の思想だと聞いているのだが。
「はっ、おめでたい考えだ」
俺の問いかけにガウルが鼻でせせら笑った。
「建国当初はそうだっただろうね。けれど、歴史を重ねるごとに歪んでしまった。それでも今のようなあからさまな排斥行為はなかったんだけど……やはり一番の原因は災禍の皇子のせいだろう」
――災禍の皇子。以前もボスが口にしていた名だ。
この国の人間なら存在くらいは誰でも知っているほど有名なのだが、その知名度の大きさと比べて、どういった人物で何をしたのか等、不明瞭な部分が多い。
まるで名前だけが一人歩きをしているかのようで、実際のところ俺も災禍の皇子についてはあまり知らない。




