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その後


「ボスも見てないで手伝って下さい」


 ゴリゴリと薬研を擦る音が木霊する中、ガウルが苦言を零す。

 薬草の匂いが鼻を突くのだろう。苦虫を噛みつぶしたように顔を顰めてせっせと調合に励んでいるガウルを余所に、手助けを求められたボスは涼しい顔をして(のたま)う。


「そんなことより、ジェフだ。私が創った最高傑作を壊してきたって言うんだから驚きだよ。ガウルでもあれ相手は苦戦するだろう?」

「……マグレでは?」

「マグレで倒せるほど柔な創りはしていない」


 面白くなさそうなガウルの言に、ボスは口を尖らせて反論する。


「多少は使えるようにはなったと評価はします」

「では、そろそろ次の段階に進んでも良いかな」

「頃合いでしょう」

「そうなれば、次はどう王手を掛けるかだ」


 ロッキングチェアさながら、粗雑な作りの椅子をギィギィと揺らしてしばらく考え込んだ後、不意に思い立ったかのようにボスはこんなことを告げた。


「アルバート・ラッセル・グランっているだろう」


 ボスの口からその人物の名前が出た途端に、ガウルの表情が陰った。

 それを見留めた上で、何を言うでもなくボスは続ける。


「利用するなら彼だ。こちらとしても都合が良い。グラン家と王家には遺恨があるし、なにより彼は野心家だ。お膳立てをしてあげれば喜んで飛びつく」

「そんなに上手くいくとは思えませんが。そもそも罠だと疑って手を出してこない可能性もあるのでは?」

「そこは心配いらない。罠だと知っていても手を出さざるを得ないだろうね」


 確証があるのか、あまりにも自信たっぷりに宣言する様子にガウルは一抹の不安を覚える。


 自分よりも頭が切れるこの人のことだ。実行に移すと決めたなら必ず成し遂げる。この計画について異論は無い。

 気を揉んでいるのは、表舞台に立つことで予期せぬ所から目を付けられる恐れがある、ということ。

 味方よりも敵の方が多いのだから、不用意に目立つ事はして欲しくないのが本音だ。


「あまり乗り気じゃ無さそうだ」

「いえ、そんなことは」

「だったらもっと嬉しそうな顔をすると良い」


 ボスの言葉にガウルは沈黙する。言葉通りに、ガウルの顔色は優れない。俯いて、薬研を擦る手も止まっている。

 その様子を眺めて、ボスは一息吐き出した。


「間接的ではあるけれど、身内を手に掛けるのは気が引けるかい?」

「俺のことは良いんです。ボスは……」

「私は他人がどうなろうとどうでもいいからね。そんなことに心中している暇は無いんだ。私怨や復讐なんてくだらない」

「……」

「そういえばこれ、以前も君に言ったような気がする」


 ガウルも言われた記憶はある。懐かしさはあるが感傷に浸れるような良い記憶では無い。


「何はともあれ、私の優先事項は友人と交わした約束を果たすこと。君がどうしてもと言うからこうしてお遊びに付き合ってあげているんだから、やるからにはきっちりと責任を果たして貰わないと困るよ」

「……分かりました」

「分かったのならよろしい」


 満足げに頷いて、ボスはそれ以上話を蒸し返すことは無かった。


 結局、ボスがガウルの製薬を手伝ってくれることは無かった。

 仕方なしに独りで黙々と薬草を調合しながら誰もいない室内でぽつりと呟く。


「友人、か……」


 ガウルがボスと慕うあの人は、どうやら今も昔もちっとも変わりがないらしい。



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