決着
古代遺跡の崩れかけた壁を背に呼吸を整える。
一先ず状況を整理しなければ。いきなりのことで混乱している。
『それ、なんでボロボロになっちゃったんだろうね』
「わからない……何かが原因だと思うんだが」
瓦解した左腕は徐々に再生はしている。
けれど、魔素の使いすぎも重なって再生速度が遅い。治るまで待つという手もあるが、前座の雑魚戦での疲労もある。長期戦は首を絞めるだけだ。
だからといってもう一度爆破しようにも、高威力の魔法を使うには頑丈な左腕がなければあまりにもリスクが高い。
「少なくとも、あの冷気が引き金となって腕が壊れたのは確実だと思う」
『でも、炎でも爆発でも耐えてたんでしょ? 高々凍らされたくらいでそんな簡単に崩れちゃうのっておかしくない?』
俺もそこが気になっている。
腕が崩れたことは問題ではない。どうせ放っておいても治る。
重要なのは、ガーゴイルの下半身を崩したあの爆発でも然程傷つかなかった左腕が、使い物にならなくなったことだ。
おそらく何かしらの条件があるのだろう。
それが分かればあのガーゴイルを左腕と同様、バラバラに瓦解させることが可能なんじゃないか?
「左腕で受けたのと言えば火球と、その後に爆破魔法。でもその衝撃ではビクともしなかった」
『じゃあ、やっぱり原因はあの冷気だ』
「冷気……温度が関係している、とかはないか?」
物理攻撃では恐ろしいほどの耐久性だ。それをいとも簡単に砕くのなら、それ以外の要因が考えられる。
火球で熱せられたところに冷気で急速に冷やされて、と考察するのが今のところ正解のように思う。
なぜそれで俺の左腕が崩れたのか、詳しい原理はわからないが、この条件さえ満たせばあのガーゴイルを砕けそうだ。
『うーん、それくらいしかないよねえ』
「これを応用すれば、あのガーゴイルを粉々に出来ると思う」
ちょうど、今までのダンジョン攻略で炎も氷も習得済みだ。以前は出来なかった威力の調節も容易い。
――熱して凍らせる。
単純な作戦をロベリアに説明すると、呆れたような態度を取られた。
『それで本当に成功するわけ?』
「正直言って五分五分ってところだ」
『行き当たりばったりすぎない? 博打も良いところだよ』
「あいつを倒すにはこれしかないんだ。魔素の使いすぎで気分も最悪だ。おそらく、もう一度爆発させるのは無理だ」
『どのみち選択肢はないってことね』
ロベリアは溜息を吐いて沈黙する。
しばらくすると「わかったよ」と声が返ってきた。
『もうジェフの好きなようにしたらいい。ここまで来たら乗りかかった船ってやつ』
「ありがとう」
礼を述べて、立ち上がる。
背を預けていた壁から顔を覗かせると、動きを止めたガーゴイルが変わらずにゲート前に居座っていた。
変わったところと言えば、足下が崩れたことで上半身が前のめりになっている。それと、通常のガーゴイルと違って、アイツは再生をしないみたいだ。
最初に一撃を入れた胴の傷も、足も少しも直っていない。もしかしたら再生を捨ててその分攻撃特化にしているのかもしれない。
なんにせよ、再生出来ないのは有り難い。
上半身の体勢が崩れたことで、ガーゴイルが背にしていたゲートとの間に隙間が出来た。あれならば背後に回り込んで頭上を取れる。
ガーゴイルへ向かって走り出す。
十メートル以内まで近づくと、ガーゴイルは魔法の連撃を放ってきた。
けれど、上半身が不安定なのか狙いが上手く定まっていない。避ける必要も無く明後日の方向へと飛んでいく魔法に、これならば背後に回り込むのも容易いはずだ。
距離数メートルまで近づくと、腕を振り上げて応戦してきた。
それでも先の攻撃よりは勢いが無いように見える。俺もだが敵も相当なダメージが蓄積されているのだろう。
易々と避けると鈍重なガーゴイルを放置したまま、背面へと回り込む。
瓦礫の山を登り切って辿り着いた、ガーゴイルの頭上。
敵もここに登られるとは想定していないのだろう。固まったまま身動き一つしない。そもそも、腕を伸ばそうにも長さが足りないから、ここまでされたらお手上げだ。
「それじゃあ、解体工事といこうか」
未だ無事な右手の手のひらを、ガーゴイルの頭へと付ける。
ガーゴイルを砕く手順は、炎魔法で熱して凍結魔法で冷やす。
やることはそれほど複雑では無いが、唯一ネックなところは魔法の切り替えだ。
五体満足ならもっとスムーズに事は進むのだが、左腕は再生しきっていないし、この作戦は右手だけでやるしかない。
言わずもがな、生身である右手は魔法に耐えられない。使い物にならなくなる前に勝負を決めなければ。
一度、深呼吸をしてから俺は魔法を発動させた。
まずは、ガーゴイルの上半身をこんがり焼いていく。
最悪、頭の部分だけでも壊せれば良い。
炎魔法の威力を調節して、腕に燃え広がらないように炎の勢いを抑える。
熱伝導に多少時間がかかるようで、その間手のひらを離せない。
肉を焼くが如くに、俺の手のひらが焼かれていくのを眺めるのは辛いものがある。
さて、ここまでやれば十分に熱は伝わっているはずだ。
手のひらが焦げてきたところで、凍結魔法へと切り替える。
今まで戦う時は単一の魔法だけしか使ってこなかったから、魔法の切り替えが上手くいくか不安だった。
結果を言えば、それほど難しくは無い。
使用した魔法を完全に止めるのは、炎魔法然りまだマスター出来ていないが、切り替えるのならば普通に魔法を使う時と変わらない。
最後の仕上げと言わんばかりに、熱せられたガーゴイルを冷やしにかかる。
徐々に凍っていく右手と眼下にいるガーゴイル。
どれくらい時間をかければ良いのかわからないが、今更引くことは出来ない。
こうなったらガーゴイルが割れるまで、俺との耐久勝負だ。
意気込みながら冷やし続けていると、不意にガーゴイルの表面に罅が入り始めた。
それはゆっくりと大きくなっていき、限界に達したのか。
バキン、と破裂音が鳴ったかと思えば罅が入っていた箇所を起点に、ガーゴイルの頭が真っ二つに裂けていった。
無理矢理凍っていた手を引き剥がして、崩れ落ちる頭部から避難する。
流石に頭と下半身を壊されてはこのガーゴイルでもどうすることも出来ないだろう。
地面に降りた俺にも無反応なところを見るに、無力化したと見て良いはずだ。
「これって倒せたってこと!?」
「そうみたいだな。成功して良かった」
戦闘が終わり、ロベリアが俺の影から出てきた。
既に疲労困憊の俺は立っているのも億劫で、地面へと腰を下ろす。
そんな俺をロベリアは見下ろして、拳を突き出してきた。
「いえーい」
「……え?」
いきなりのことに咄嗟に反応できずに固まる。
披露も相まって目の前の状況を理解するのに時間を要するのだ。
困惑した様子の俺に、ロベリアは気にくわないとでも言うように捲し立てる。
「……え? じゃなくて! ここは勝利のグータッチをするところなの!」
「そ、そうなのか?」
そんなのは初めて聞いた。
拒否する理由もないし、怒らせるとその後が大変なのでここはロベリアのお気に召すままに従っておこう。
といっても俺の右手は凍っているからグータッチは出来ない。
代わりに氷漬けの手のひらを向けてロベリアの拳と軽く触れ合う。
「い、いえーい」
「うわっ、ジェフの手冷たいんだけど!」
「凍ってるからな」
要求に応じたら応じたで冷たいと文句を付けられる。
元々、ロベリアはこういう奴だった。軽口を言い合えるほどに距離が縮まったと思えば、別段気にするほどのことでもない。
「さて、こいつも倒した事だし帰りますか」
「その事なんだが、ロベリアに一つ頼みたいことがある。俺の代わりにミルを迎えに行って欲しいんだ」
「え? なんで? ジェフが迎えに行った方が喜ぶんじゃない?」
「流石にこんな格好じゃ迎えにはいけない」
体力の限界もあるが、一番の理由はこんなボロボロの姿をミルには見せられない、ということ。
ミルには心配を掛けっぱなしだし、出来れば見られたくないと言うのが本音だ。
「仕方ないなあ。僕が行ってあげる」
「助かる」
ロベリアはやけに機嫌が良さそうな様子で俺の頼みを聞いてくれた。
また後で、と別れを告げて、こうして俺の楽しいダンジョン攻略は終わったのだった。




