最悪の状況
先ほどの頭上からの鉄槌以降、動きがないガーゴイルを尻目に作戦会議をしていると、不意にガーゴイルの口が開いた。
それを見留めた瞬間、溜め時間をすっ飛ばして放たれた火球が、俺へと向かって飛んでくる。
間一髪、スレスレのところで避けられたが、当たっていたらと思うと生きた心地がしない。
もし回避出来ていなかったら、最悪の死に方をしていた。
それほどまでに今の攻撃は危険すぎる。
魔法発動までの時間が極端に短いのはもちろんだが、それは二の次だ。
一番危険視するべきは、雑魚ガーゴイルとは比べものにならないほどに威力の高い攻撃だということ。
俺の背後、的を外れた火球は古代遺跡の瓦礫の山へとぶつかっていった。
着弾地点には熱で融解してドロドロになった火球の痕が出来ている。
以前、巨大スケルトンと戦った時に俺が使った炎魔法。あれとはケタが違う。
「こいつ、今までの敵と比べてレベルが違いすぎないか?」
『流石に僕もこれは予想外かなあ。ボスってば本気出しすぎだよ』
「その割に緊張感が伝わってこないんだが」
『だって僕は安全圏から眺めてるだけだし。まあ、ヤバくなったら助けてはあげるから安心して突撃して』
「……近づけたらの話だろ!」
間髪入れずに次の火球が飛んでくる。
口から放つという性質上、軌道を読むのは容易い。きちんと目視出来ていれば避けられる。
けれど、相手もそれを分かっているみたいだ。
二撃目、三撃目と立て続けに火球を避けたところで、敵の狙いが俺を逸れて僅かに下へとずれた。
それを不審に思った直後、ガーゴイルが放ったものは火球ではなく氷の礫。冷気の塊といった方がしっくりくる。
それをちょうど、俺の進行方向の地面へ向けて放ってきた。
幸いと言うべきか、俺の身体を狙った攻撃では無かったから五体満足ではあるが、あと一歩踏み込んでいたら足下を凍らされて身動きが取れなくなっていたところだ。
足が凍ったところで再生は出来るから問題ないと言えばそうなのだが、この状況で一番マズい展開は前述の火球と今の冷気との組み合わせだ。
動きを封じて火だるまにする。
いくら超速再生が可能だからといって、あんな高威力の炎を食らったら死んでも文句は言えない。
「これは……近づくだけでも一苦労だな」
冷や汗をかきながら打開策を模索するが現状厳しいというのが本音だ。
何よりこのガーゴイル、隙がまるでない。
離れれば、厄介な魔法攻撃――クールタイムがなく連発してくるが、慣れてくれば避けられる。
近づけば、即死級の近接攻撃――図体がデカいことで動作は言うほど素早くは無い。
けれど、接近したところをそれで剥がされてしまうのが痛いところだ。距離を取ればまた魔法の連撃が飛んでくる。
こう見ると打つ手無しのようにも感じるが、唯一可能性があるとすればガーゴイルの足下。ちょうど頭の真下。巨大な体躯が邪魔をして、死角になっている。懐に入られると俺を視認出来ない。
門番ゆえにあの場所から身動きが取れない事が仇となっている。
もちろん弱点を野放しにするほど敵も馬鹿ではないはずだ。
意表を突けるだけで、完全な安全圏とはいえない。けれど、数秒の隙を作ることは可能だ。
一度きりのチャンスを賭けるとしたらここしかない。
「今から敵の懐に突撃するつもりなんだが、もしこれで俺が死んだら影に入っているロベリアはどうなるんだ?」
『影に潜れるのは生物限定だから、ジェフが死んだら弾き出されちゃうね。死んだ時の状況が悪ければ僕も無事では済まないかも』
「そうか……」
『え? なに? 自分を置いて僕の心配してたってわけ? うっわー気持ち悪いんだけど!』
ガーゴイルの魔法攻撃を避けながらの応酬の最中に、いきなり聞こえてきた罵倒。
予想外の反応に足が縺れそうになって、なんとか体勢を立て直す。
「気持ち悪い!?」
『だってさあ。ここは普通自分の心配するでしょ。アイツを相手にしてるのはジェフなんだし、僕が危険に晒されているわけじゃない』
「それは……正論だと思う」
『それに死んだら悲しむ人だっている。僕なんかと違ってね。それを差し置いて他人の心配とか、頭大丈夫? 帰ったらボスに見てもらった方が良いよ。オススメする』
「わ、わかったから。俺が悪かった」
あまりにも的確な指摘にしどろもどろになりながら謝罪すると、ロベリアは鼻を鳴らして黙り込んだ。
もちろん死ぬ気なんてさらさらない。けれど、失敗すれば死ぬ可能性だってある。
気になって、確認のつもりで聞いたのだが機嫌を損ねてしまったみたいだ。
『僕は心中する気はないから。……わかったらさっさとアイツ倒してくる!』
「了解!」
奇妙な激励を受けて、俺はガーゴイルへ向かって走り出した。
向かうは死角である眼下の足下。直線的な動きに敵も俺の狙いを察知したのだろう。
進行方向へ向かって火球が放たれる。
状況を的確に判断して攻撃手段を変えるこいつは、先ほど戦った雑魚ガーゴイルとは創りが違うのだろう。まるで知性があるかのようだ。
冷気での足止めも、火球では幾ら攻撃しても俺に当たらないと学習したからだ。
この変化は生物の進化とも似ている。通りで手強いし一筋縄ではいかないわけだ。
感心しながら、火球を避けて尚も突っ込んでくる俺を足止めしようと、ガーゴイルは冷気の塊を放ってきた。
一瞬にして凍り付いた地面を、速度を落とすことなく跳躍して避ける。けれど、それすらも読んでいたのか。
着地する一歩手前で放たれた火球に刹那、息を呑む。
空中でこの攻撃を避けることは無理だ。かといって生身で防げば高火力に腕を持って行かれる。特攻を仕掛けようとしているこの場面で深手を負うわけにはいかない。
逡巡する暇も無く、咄嗟の判断だった。
目の前に現れた火球を、左腕を薙いで払いのける。それと同時に地面へと着地すると、勢いを殺すことなく再びガーゴイルへと向かっていく。
先ほどの回避不能な状況。防ぐ以外の選択はなかった。であれば一番損傷が少ないであろう頑丈な左腕を振るったのだが、結果、俺の判断は正しかったみたいだ。
ちらりと見据えた左腕は表面が熱で溶けているが腕の形を保っている。痛みも無い。強いて言うなら少し熱いくらいだ。
それでも生身をこんがり焼かれるよりは遙かにマシだ。
この頑丈さなら、最大威力の爆発をお見舞いしても一緒に俺がはじけ飛ぶことはない。
確信が持てたところで、ガーゴイルの足下へ滑り込むことに成功した。
いきなり視界から獲物が消えたことで、困惑しているのだろう。
先ほどまでの連撃が嘘のように静かになる。けれど、悠長にしている時間は無い。
魔素を溜めに溜め込んだ左手を堅い表面へと当てる。
次の瞬間、発動した爆破魔法で俺は死角となっていた足下から外へと吹き飛ばされた。
粉塵に隠れてダメージのほどは確認できないが、ガラガラと瓦礫が崩れていく音が聞こえる。
どうやら足下は破壊できたみたいだ。おかげで覆い隠していたゲートの上部分がガーゴイルの背後に見えている。
『足下は崩せたみたい。でも元々アイツあそこから動かないし、意味ないかなあ』
ロベリアの言うとおりだ。破壊するなら頭部がベストなんだが、そこまで向かうのは無理な話。とにかく現状を打開するために手が届く範囲を攻撃してみた。
これが吉と出るか凶と出るか。
相手の出方をうかがっていると、粉塵を切り裂いて冷気の塊が飛んできた。
真っ正面からの攻撃に、先ほどと同様に左腕を払って攻撃を防ぐ。
高威力の爆破にも耐えてくれた左腕ならこのくらいの魔法にはビクともしない。
――と、油断していたのが仇となった。
冷気を払いのけた直後、バキンと何かがひび割れるような音が聞こえた。
音のした方を見遣ると、そこにはボロボロと瓦解していく左腕があった。
「えっ……」
まったくの予想外の出来事に集中が途切れる。
「どうして……」
『ちょっと! よそ見してたら死ぬって!』
ロベリアの声と足首を思い切り引っ張られたのはほぼ同時だった。
そのせいで体勢を崩し、顔面を思い切り地面へ擦る。
けれど、どうにかガーゴイルの放った火球は避けられたみたいで、俺の頭上を掠めていった。
「助けてくれるならもうちょっと穏便にしてくれても」
『頭溶けるよりは良かったでしょ』
とにかく、敵の真っ正面で固まるのはよろしくない。
一度後方に下がって体勢を整えよう。




