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楽しい話をしよう

 

 ガトーと別れて帰還した後、ボスへの諸々の報告を済ませるとすぐさまミルの元へと向かった。


 昨日もそうだったが、俺が日中ダンジョンに潜っている間はボスやガウルがミルの面倒を見てくれているみたいだ。

 特にガウルのモフモフの毛並みが好きみたいで、彼の首の後ろが落ち着くようだ。

 そんなことを聞いてしまっては、兄としてあまり気持ちは良くない。言うなればヤキモチというやつだ。


 今日も同じような展開だろうな、とボスに報告を済ませた後、ガウルの元へ行くと俺の予想とは裏腹にミルの姿はそこにはなかった。


「あれ? ミルがいない……」

「おい、他人の身体を無遠慮に弄るな。まったく……何なんだいったい」


 ガウルの様子を見るに今日は不在のようだ。

 本日も命からがらダンジョン攻略から帰ってきたのに、愛しのミルが居ないなんて。

 それだけで今日遭遇したどんな事象よりも絶望してしまう。


「ミルを見なかったか?」

「お前の妹? 見てないが。ここは迷子になるほど広くはない。探せばどこかにいるだろう」


 ガウルもミルの居場所は知らないらしい。


 他に居るとしたら俺の部屋くらいか。


 すぐさま自室へ向かうと探し人はベッドの上で丸くなってうたた寝していた。

 こっそりとドアを開けて中に入ると起こさないように、そっとベッドに腰掛ける。


 ミルの「おかえり」は欲しいが、気持ち良さそうに寝ているのを起こすのは忍びない。

 ダンジョン攻略を終えた後は、朝までは自由行動だ。

 時間はあるし、ミルが起きるまで俺もゆっくりさせて貰おう。



 ベッドに腰掛けながら、ボスが書いたであろう『よくわかる魔法指南書』なるものを読んでいると、隣で寝ていたミルが目を覚ました。

 大きなあくびをして、それから隣に俺が居ることに気づいた。途端に、驚いたような鳴き声を上げて尻尾が俺の手を叩いた。


 心境がいまいち分からない。怒っているのか恥ずかしがっているのか。

 けれどそれもすぐ治まって、甘えたように擦り寄ってくるミルはやっぱり可愛い。

 これだけで、生きてて良かったと思える。


「ただいま。ずっと待ってるの退屈だったろ」

「キュウゥ」

「今日はどこも怪我してないから大丈夫だよ」


 それを聞いて安心したのか。

 ミルは安堵しきったように息を吐いて、それから俺の膝上に乗ってきた。


 じんわりと温かくて心地が良い。

 背を撫でてやるとミルは気持ちよさそうに首を伸ばした。


「今日、森の中でミルと同じ人に会ったよ。あれでも喋れるのには驚いた」

「クウゥ?」

「ガトーって言って、ガルム……狼みたいな姿なんだけど、とても優しい人だからミルもすぐ仲良くなれると思う。俺がいない間、遊び相手になってくれってお願いしておいたから、明日は今日みたいに退屈することはないな」


 ミルは人見知りするタイプではないし、すぐ打ち解けてくれるはずだ。


「お兄ちゃんもミルとお喋りしたいんだけど、こればっかりはどうにもならないしなあ」


 ボス曰く、念話を扱うにはやはり俺のスキルが必要不可欠みたいだ。

 攻撃魔法なら何とかかんとか出来るようにはなったが、サポート系はてんで駄目。

 扱うには単純とはいかないし、繊細な作業が求められるため俺には難しすぎる。


 血眼になって探せば一つくらい方法はありそうなものだが、それは現状が落ち着いてからでも遅くはない。

 少なくともミルが安全に暮らせる環境を整えるまではお預けだ。


「ギュゥ……」

「あっ、ミルが悪いってわけじゃないんだ。そうだったら嬉しいなって思っただけだから。方法がゼロって事でもなさそうだし、お兄ちゃんが頑張ってなんとかするよ」


 不安がらせないように笑って言うと、ミルの強張りがほんの少し解れた気がした。

 やっぱり喋れないこと、意思の疎通が上手く取れないことは気にしていたみたいだ。

 気を遣わせてしまっているようで兄としてなんとも情けない。



 気が滅入る話ばかりでは面白くない。

 話題を変えて、楽しい話でもしよう。


「俺の用事も上手くいけば明日と明後日くらいで終わるだろうから、そしたらもう少しミルと一緒に居られる時間も増えると思う」


 と言っても、それだと今までと何ら変わりは無い。

 ミルが半魔になる前だって、人目を避けて生活しなければならなかった。

 外に出すことも極力控えていたし、街になんて一度だって行ったことはない。

 ボスのお陰で森の中ではあるが多少自由な生活は送れるけれど、たったそれだけだ。


 こんなのでミルは幸せだと言えるのだろうか。



 そんなわけはないし、なんとかしてやりたい。

 考えあぐねた結果、一つの結論に達した。


「よし、お兄ちゃんの用事が終わったら一緒に街まで行こうか」


 提案すると、ミルは驚いた様子で瞳を瞬かせた。

 それもそのはず、ずっとミルの安全を考慮してそういう話はしてこなかった。

 行ってみたいとミルに強請られた事もあったが、その都度ダメだと断ってきたからそういった話が俺の口から出る事自体が信じられないのだろう。


「ミル、行きたいって言ってたもんな。いつも寂しい思いさせてるし、ずっと留守番してきたご褒美だ」

「ギュイィ?」

「心配しなくても大丈夫。お兄ちゃんに任せろ」


 これについては考えがある。


 以前のミルの大きさだったら流石に無理だったが、今は肩乗りサイズだ。

 最悪、ドラゴンではなく新種のトカゲだとかなんとか言いくるめれば問題にはならないはず。

 目を付けられても俺が強ければ返り討ちに出来る。

 要は俺がミルを護れれば、一緒に街に行こうが問題は無いってことだ。


 そう考えたら俺まで楽しくなってきた。

 二人で暮らすようになってからというもの、ミルと一緒にどこかに行くという事は無かった。

 大抵はミルが家でお留守番だったから、一緒に街に行くというのは俺の夢でもあるし、したいことでもある。


 そうと決まれば早速、ミルとのデートプランを練らなければ。


 二人そろって迷子は論外。エスコートくらい出来なければ兄として立つ瀬が無い。

 ここ最近の俺はミルにとってカッコイイ兄ではなくなっている恐れがある。

 それを来たるべき二日後の城下町デートで払拭する!


 と言っても俺も街事情には詳しくない。

 知っていそうな輩と言えば、よく街へと出向いているという彼女くらいか。



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