白の同胞
予想外の攻撃に俺も驚いたが、一番驚いたのはセベクだろう。
反応する前に喉元に牙を突き立てられ、肉を食いちぎられるとそのまま地面へと倒れ込んで動かなくなってしまった。
沼を渡る前に見た限りでは、ガルムではセベクには到底歯が立たないと思っていた。
けれど、どうにもこの群れの長らしい白いガルムだけは別格のようだ。
あれだけ手強そうなセベクがいとも簡単に地面へと倒れ伏している。
「……助けてくれたのか?」
今の状況を見ればそう思わずにはいられない。
けれどおかしな話だ。
目の前のガルムはれっきとした魔物で人懐っこいやつだとは思えない。
「ロベリア、人間に好意的な魔物っているのか?」
『それは聞いたことないなあ。人間に飼われているとかだったら有り得るかもだけど、ここ自然の森の中だし』
ロベリアの意見はもっともだ。
第一ここは人の手の入っていない野生のガルムどもの縄張り。
常識的に考えると不自然すぎる。
不可解な現状に推察をしていると、セベクを仕留めたことを確認し終えたガルムがこちらを見据えた。
「オ前、人間ジャナイナ?」
いきなり喋りだしたガルムは、ゆっくりと俺へと近づいてくる。
予想外の展開に、ガルムからの問いに答えるのも忘れて一瞬呆けていると、眼前には瞳を細めて興味深げに見つめてくるガルムがいた。
近づかれると結構な巨体で全盛期のミルほどではないが、ゆうに俺の身長よりも上背はありそうだ。
普通のガルムが一般の犬や狼と同じくらいの大きさなのを思うと、この白いガルムは体躯の大きさだけ見ても特別なのだろう。
それに加えて、先ほどの俺への問いかけ。
「――喋る魔獣なんて見たことがない」
誰にともなく呟いた言葉に、ガルムはべろりと舌を舐めずってこんなことを言う。
「私モ見タコトハ無イナ」
当事者が言うことではない、とは思ったがそこは深く詮索はしない。
それよりも聞かなければならないことがある。
「確かに俺は人間ではないが、そういうお前は何なんだ? ただのガルムにしては異質すぎる」
「名ハ、ガトート言ウ。私ハ元々、ミュニムルノ人間ダ。今ハコンナ成リダガナ」
「ミュニムルって、あの極西にある国のことか?」
そもそも、今こいつは元人間だと言ったのか?
ということは亜獣化症患者――半魔ということになる。
それだったら喋れても不思議はないのだろうが、どうしてそんな奴がこんな森の中でガルムの群れを率いているのだろう。
「コノ姿ニナッテ随分経ツ。途中カラ数エルノヲ止メテシマッタカラ、正確ナ年月ハ把握シテイナイガ五十年はクダランダロウ」
ボスも言っていたが半魔は長寿の者が多いと聞く。
ガトーを見るに、ヒト型でも魔獣型でも際だった差異はなさそうだ。
「あの国は人間至上主義だと聞いている。半魔やそれに連なる者は処刑、または国外追放だとも」
「ソノ通リダ。私モ例ニ漏レズ、トイウワケダ」
昔を思い出すかのようにガトーは深く息を吐いた。
グランハウルも大概だが、ミュニムルも半魔に対してはかなり厳しい扱いを強いるみたいだ。
実際にこうして目にするとその悲惨さがひしひしと伝わってくる。
「オ前ニ声ヲ掛ケタノハ、久方振リニ同胞ト見エタノデ嬉シクナッタノト、私ノ家族ヲ救ッテクレタ礼ヲシタカッタカラダ」
「……家族? あのガルムたちのことか?」
尋ねると、ガトーは静かに頷いた。
「コノ森ハ、ミュ二ムルノ国境カラ一番近イ。国外ヘ追放サレレバ大抵ノ者ハ此処ヘ来ルコトニナル。私モソノ一人ダッタ。保身故ニ身内ニ裏切ラレ、天涯孤独トナッタ私ハコノ森ヘト流レ着イタ訳ダガ、ソコデ彼ラト出会イ今マデ共ニ暮ラシテキタ。私ニトッテハ家族ノヨウナモノダ」
――だから邪魔者だったセベクたちを倒してくれた俺に、こうして礼を言いに来たという事らしい。
話を聞くといきなり昨日まで無かったはずの沼地が出現し、それ以来長い間セベクたちと小競り合いを繰り広げてきたみたいだ。
けれど、ガルムではセベクを相手にするには分が悪く、犠牲者も増える一方で手を拱いていたということだった。
これはボスの悪戯が原因だから、その身内でもある俺にも多少は非がある。
帰ったらこのエリアから沼地を外してくれるよう、ボスに進言してみよう。
「ダカラ何カ礼ガシタイ」
「俺は別に助けようとしてやったわけではないから、そういうのは良いんだが」
「駄目ダ!」
鬼気迫る勢いで吠えられて思わずたじろいでしまう。
礼と言っても困っていることもして欲しい事もないから、どうしたものか。
しばらく悩んで、あることを思い付いた。
「そうだ、俺が留守の間、妹のことを見てやってくれないか?」
「オ前ノ妹?」
「ミルって言うんだが、ガトーと同じ境遇だから少しは親近感というか、接しやすいと思う。俺は用があって日中構ってやれないからミルも退屈していると思うし、遊び相手になってやって欲しい」
「ソンナ事デ良ケレバ喜ンデ協力シヨウ」
ガトーは快く承諾してくれた。
ミルには毎日寂しい思いをさせているから、これで少しでも退屈しのぎになれば嬉しい。
本当は俺が一緒に居てやりたいが、悲しいかな。現状そうも言ってられない。
「俺はジェフ。こっちの影に入ってるのがロベリアだ」
「よろしく~」
話が済んだ頃を見計らってロベリアが俺の影から這い出してきた。
厄介事を全部俺に押しつけた感は否めないが、もう済んだことだし蒸し返すのは止そう。
「ガトーはガウルと違って礼儀正しいし生意気じゃないから、僕結構好きかもしれない」
いつも色々といちゃもんを付けてくるロベリアが珍しい事を言う。
それに驚きながらも、その後少しだけ三人で談笑しながら二日目のダンジョン攻略を終えたのだった。




