空威張りの魔物たち
『走り抜けるって、いったいどーやって? あんな魔物の群れの中に飛び込むなんて自殺願望があるとしか思えないね』
ロベリアは俺の返答にぼやいた。
流石の俺もあの沼に無策で飛び込むほど馬鹿ではない。
「凍らせて渡るんだ。これなら襲われる心配もないし、移動にも難儀しない」
俺の作戦を聞いたロベリアは、なるほど、と独りごちた。
『でもそれって沼を凍らせながら向こう岸まで渡るってことでしょ? 今まで見てきた感じだと、あの頭の悪い魔法の使い方をするなら使用限度は一回きりだし、とても渡りきるまで持つとは思えないんだけど』
「それについては考えがある」
考え、といっても単純なものだ。
欠損した箇所から瞬時に再生すれば良い。
ボスが言うには超速再生は可能みたいだし、魔法の使用限度についてはこれで解決したも同然だ。
他に憂慮があるとしたら、沼を凍らせて渡る手段か。
今までの魔法の行使は、手のひらからやってきた。その方が感覚的にやりやすいからだ。
けれど、今回ばかりは一々手で凍らせてから渡る、みたいなことをやっていてはセベクどもに感づかれて囲まれてしまう。
渡りながら凍らせていくのがベストだろう。
「魔法って手のひら以外からも出せるんだよな?」
『できるよ。杖とかを触媒に使って魔法を扱う事もあるし、ドラゴンの吐く炎だって魔法の一種だからね』
「それだけ分かれば充分だ」
あとは実戦で成功するのを祈るのみ。
離れた場所では未だにガルムとセベクの群れが血みどろの戦いを繰り広げていた。
見たところ、ガルム側が劣勢のようだ。
気にはなるがこれも自然の摂理というやつだ。
弱い者が淘汰されて強い者が生き残る。弱肉強食の掟だ。
それに魔物同士の小競り合いなら俺には関係ない。
さっさとここを渡りきって次のエリアへ向かおう。
意を決して、沼に足を踏み込む。
水面に靴底が付く瞬間に凍結魔法を発動させると、瞬く間に薄氷が張っていく。
数秒、そのままの状態で固定していれば、上を歩けるくらいにはしっかりとした強度の氷面が出来上がった。
恐る恐る、右足を氷上に乗せて凍った沼に降り立つ。
軋みも罅も入っていない。俺一人くらいなら難なく渡れそうだ。
『こんな作戦で上手くいくか半信半疑だったけど、やれば出来るモンじゃん』
「なんとか上手くいったみたい……ん?」
ロベリアの囁きに応えていると、もの凄く嫌な予感がした。
予想はしていたが、やはりというかなんというか。
「足が動かない……」
水面を凍らせることには成功したが、どうやらその接点と共に俺の左足も凍ってしまって引っぺがせなくなっているみたいだ。
左足首辺りまでの感覚も無いし、壊死でもしているのだろう。
痛みが無いのは幸いだが、そんなことを気にしている余裕は今の俺にはない。
『ここで突っ立ってるのって、ちょーっとヤバいんじゃない?』
俺の存在に気づいたらしいセベクたちが、沼底を伝って接近してきているのがわかった。
ザブザブと水面が揺れて、徐々に集まってきている。
もたもたしているとあの大きな口で頭から喰われてお陀仏だ。
決断を渋っている時間は無いみたいだ。
「ここから一気に向こう岸まで走り抜ける。邪魔する奴には凍って貰う」
『それは良いんだけど、その足はどうするのさ』
「どうって、こうするしかないだろ!」
無理矢理、左足を動かすと結構あっけなく動かせた。
けれど足首から下はポッキリと折れていて存在しない。
痛みが感じられないのは少々不気味だが、今は前に進むことが最善だ。
このまま進むには足を再生しなければいけない。
超速再生のコツはボスに教わった。確か、欠損箇所に意識を集中すれば良いんだったか。
聞いたとおりに、足先に意識を集中すると無くなった筈の左足の感覚が戻ってきた。
ついでに足裏がもの凄く冷たい。
再生されるのは生身だけで、履いていた靴までは無理だ。
俺の後ろで、折れた足と一緒に凍ったまま。
こればっかりは仕方ないが、今ので要領は掴めた。
再生までの時間は一秒かそこらだ。再生する質量にも依るのだろうが、足首くらいならそこまで時間は掛からない。
これなら、多少魔法の威力を上げて氷上の強度を上げつつ走り抜けることも可能だ。
作戦成功の目処が立ったところで、俺の両隣の水面が激しく波打った。
「グルオオオォォオオ!」
勢いよく水底から現れたのは二体のセベク。
水飛沫をまき散らして俺を丸呑みにしようとデカい口を開けて噛みつかんとしてきた。
けれど、鋭い牙が頭蓋を噛み砕く前に、俺の行動が奴らよりも少しだけ早かった。
凍結魔法を纏わせた手で、セベクたちの鼻先に触れた。
俺がしたのはたったそれだけ。
それだけで、こいつらは動きを止めてしまう。
徐々に鼻先から全身へと凍結は広まっていくだろうが、まだ手足も頭も凍っちゃいない。
襲いかかって来ないのは有り難いが、こうも豹変されては少々不気味だ。
『もしかしてこいつら、寒いのが苦手なんじゃない?』
何気なく言い放ったロベリアの言を確かめるために、指先でぴくりともしないセベクを小突いてみる。
すると、「ギイイィ」と変な鳴き声を上げてひっくり返った。
後ろ向きに倒れて、水面に浮かんで微動だにしない。
こんな大仰な態度を取られると何となくやり過ぎたかも、なんて良心が咎められるがそれは言いっこなしだ。
「もしかして、これは楽勝なんじゃないか?」
それに気づいてからの俺の快進撃は凄まじいものだった。
沼を渡りきるまでに襲いかかってきたセベクたちを次々と氷漬けにしていきながら、氷上を駆け抜ける。
裸足で氷の上を歩くのは堪えたが、努力の甲斐もあって致命傷もなく向こう岸まで辿り着けた。




