暗中模索
俺を追い越していったガルムの一団を追って、森を突き進む。
異様なほどに静かな森を抜けて、目の前に現れたのは霧を湛えた沼地だった。
眼前の光景に、どことなく違和感を覚える。
森と沼地。聞いたときは何も想わなかったが、こうして実際に目にすると奇妙だ。
自然の作りにしてはやけに境界がはっきりとしすぎている。
この階層のエリアはボスが外の世界を繋げたものだが、単純にそれだけではなさそうだ。
「これ、二つの地点を無理矢理繋げてるのか?」
『あー、言われてみたらそうかも。僕も気にしたことはなかったかなあ』
俺の言葉にロベリアが相づちを打つ。
森と沼地。
元々、この二つは別々の場所にあったものだ。
それを無理矢理繋げて一つの空間とした、ということだろう。
相変わらずボスのやることは凄すぎて理解を超えている。
それを踏まえると、先ほど遭遇したガルムたちの謎行動にも説明が付くように思う。
加えて、今目の前で起きているこの現状にも納得がいく。
森と沼地の境界線。
双方に二十は超えると思われるほどの、魔物の群れが睨みを利かせて対峙していた。
森側にはガルムの群れ。
一方、沼地側にはドラゴンのように堅い鱗を持った魔物が、水面から顔を出して相手を牽制していた。
見たところ、爬虫類の類いではあるのだろうが、如何せん顔だけしか見えていないためなんとも言えない。
一触即発のような緊張感が辺りを支配している。
「これって……」
『あれだよね。縄張り争いってやつ?』
先ほど聞こえた遠吠えは、群れのガルムたちを集める為のものだったみたいだ。
群れの中に目を向けると、一際大きい体躯を持つガルムが見えた。白の体毛を持ち、真っ黒なガルムの群れの中では異彩を放っている。
どうやらあれがこのガルムたちを束ねる群れの長らしい。
それが、ガウゥ、と一鳴きすると対峙していた魔物たちがそれを皮切りに、一斉に相手へと飛び掛かっていった。
勢いよく沼地へと飛び込んでいくガルムたちに応戦して、沼の中に引きこもっていた魔物が水面から姿を現わす。
「なんだ、あれは」
沼から出てきた魔物に、俺は眉根をひそめた。
ぱっくりと開いた口から覗く、鋭い歯列。ずんぐりむっくりした体躯はドラゴンにも似ているが肉厚で、堅さよりも弾力に優れていそうだ。
その証拠に、噛みついてきたガルムの牙を分厚い皮膚はものともしなかった。
沼から這い出てきた魔物は、予想に反して二本足で立って歩いている。
けれど、ヒトガタと言うよりかは長い尻尾と後ろ足で器用にバランスを取っているといった方が良い。
足を上げて歩くのではなく、地面を這って進んでいる。
『あれ、ジェフはあいつら見るのって初めてだった?』
「ああ、何なんだ?」
『よく沼地とか、水辺に生息している奴らで、セベクって呼ばれてる。ドラゴンみたいに翼はないけれど、水の中だとかなり凶暴だから食べられないようにしなよ』
先ほどロベリアが、沼地は意地が悪いとかなんとか言っていたが、ようやくその言葉の意味が分かりかけてきた。
次のエリアに向かうには目の前にある沼を渡らなければならない。
もちろん、橋なんてものは架かっていない。
沼の中を進まなければならないのだが、そこで厄介なのがこのセベクだ。
水中では動きが鈍る。
不安定な足場で襲いかかられてはひとたまりもない。
安全を考慮するなら、沼を横断する前にすべてのセベクを片付けられたら良い。
奴らは水中では無類の強さを誇るのだろうが、陸に上がると動きが鈍い。
それを利用して沼地から陸に誘い出しながら倒していく。
我ながら良案だと思ったのだが、眼前の光景を見るに付けてそれすらも馬鹿らしく思えてくる。
「これ、どのくらい居ると思う?」
『うーん、ざっと見積もって二十体くらい?』
流石にそれらすべてを一々相手していたら一日かかっても終わらない。
それに加えて、こいつらは水生生物だ。
十八番の炎魔法が効いてくれるとは思えない。重力操作も悪手とはいかないが、あまり良い手段とは言い難い。
もっと効率よく倒せる手段はないだろうか。
『これ、沼だから渡るのも一苦労なんじゃない? 橋なんて便利なものもないし、木を倒してその上を渡るっていうのもあるけど、足を踏み外したら一巻の終わりってやつだから、ぞっとしないよ』
やれやれと、俺の影の中でロベリアが嘆息する。
ロベリアの言にはもっともだ。
倒すにしても渡るにしても、障害が立ちはだかる。
それらを一気に解決できる、一挙両得な案なんて……
その時、ある考えが浮かんだ。
これなら、上手くいけばノーリスクですべての問題が解決できる。
「ロベリア」
『うん? どーしたの?』
「この沼地、さっさと走り抜けようか」




