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苦難の予感

 

 ダンジョン攻略の二日目は、前回の続きから再開する事となった。


 今回挑むのは森と沼地のエリア。

 一応、六から十階層と区切られてはいるが、先の洞窟形式と違ってここから先は外の世界を空間魔法で繋いでいる。

 それ故に、下層に下っていくのではなく広い空間を次のエリアの出入り口まで進んでいく事になる。


 洞窟と違って一本道では無いので、どこから敵が現れるか分からない。

 それに加え、野生の魔物が住み着いているという事は群れている可能性が高い。

 多対一の戦闘は考えるまでもなく、圧倒的に不利なシチュエーションだ。

 出来るだけ避けて進んだ方が良いだろう。


 それだと戦闘訓練にはならないような気もするが、数の暴力で攻められては命がいくつあっても足りない。

 逃げでは無く戦略的撤退である。



「ロベリア、昨日は街に出ていたってボスに聞いたんだが、何かあったのか?」

『ちょーっと野暮用があって。こう見えても僕、結構忙しいんだよね』


 棘のある言動ではなかったが、そうならば尚更、俺に付き合わせるのは忍びない。


「そっちが大事なら、俺に付き合ってくれなくても」

『あー良いの良いの。ジェフに付き合うのは息抜きみたいなもんだから。確かにやらなきゃいけないことはあるんだけど、ずっとそれやってるのは疲れるんだよね。だから、余計な事は気にしないで』

「そ、そうか……わかった」


『そんなことより、今はもっとやるべき事があるんじゃない?』



 ロベリアの言葉に、前を見据えて気を引き締める。


 現在、緑が生い茂る森の中。


 まだ敵には遭遇していないが所々に獣の足跡や糞が残っている。


 足跡の大きさから推測するに、野生の狼や野犬サイズなのだろうが、気になることが一つ。

 群れて移動したであろう足跡の中に、ひときわでかいサイズのものがあった。

 おそらく群れの長のような個体が居るのだろう。


「このエリアにはどんな魔物が生息しているんだ?」

『外の世界を繋げているだけだから、特殊な魔物は居ないよ。居ても森に生息している奴なら魔獣とかじゃない?』

「魔獣か……」


 群れで行動して、四足歩行の魔獣と言えばガルム種辺りか。

 あの種類の魔物はかなりどう猛で、村の家畜を襲う事も頻繁だ。

 冒険者ギルドにも、討伐依頼がほぼ毎日来ていた。


 それほど身近な魔物だが、家畜を襲う個体は群れから追放された奴らだ。

 討伐依頼が出されても一匹や二匹程度。


 あの手の魔物が恐れられているのは群れで獲物を追い詰める狡猾さだ。

 おそらく、この森はガルムどものテリトリーと見て良いだろう。


 甘く見ていると食い殺される、といったところか。


『ダンジョンに挑戦する冒険者は大体、このエリアで逃げ帰ってく。森に出る魔獣も厄介なんだけど、問題はその先なんだ』

「……沼地のことか?」

『そう、それ。その沼地がこれまた意地が悪くてねえ』


 楽しげに話すロベリアに、この先の困難が予想されて気が重くなる。

 前回のスケルトン戦でもかなり苦戦を強いられたのに、今回はそれ以上だと言うのだから、やはり一筋縄ではいきそうもない。



 ロベリアとの雑談を交えながら歩を進めていると、どこからか獣の遠吠えが聞こえてきた。

 遠吠えの主からはまだ距離がありそうだが、この展開は少しマズいような気もする。


 今のはきっと仲間を呼び寄せる為の合図だろう。

 遠吠えが止んだ途端に、森の木々がざわめき出した。

 まだ敵には気づかれていないだろうが、それも時間の問題だ。


「ロベリア、このエリアの出口はどこにあるんだ?」

『ええっと、森を抜けた先に沼地があって、その奥だね。エリアの入り口から直線上に真っ直ぐ進めば着く。そーいう構造にしてるってボスが前言ってたっけなあ』

「わかった。それじゃあ、ここは一気に抜けてしまおう」


 隠れて移動しても野生の魔獣相手では焼け石に水だ。

 だったらさっさと走り抜けて、この森を抜けてしまおう。


 そう思っていた矢先の事だった。



 俺のすぐ横を、何かが通り抜けた。

 風を従えて真っ直ぐに進むそれは、この森の支配者であるガルムであった。


 しかし、俺を通り越していったガルムはこちらには見向きもしなかった。

 まるで俺など眼中に無いとでも言うように。


 その状況に驚いていると、続けざまにやってきたガルムたちが次々と俺を超していく。


 一度ならず、こう何度も同じ状況に遭遇すると偶然やたまたまでは済ませられなくなってくる。


「何なんだ、あれは」

『さあ? ガルムって警戒心強いって聞くけど、テリトリーに侵入した獲物を無視するなんて聞いたこと無いなあ』

「俺が弱すぎて相手にするほどでもないとか……そういうのは」

『ありえそう!』


 俺の指摘にロベリアは影の中で笑った。

 笑い事では無いのだが、この現状を当てはめるにはそれくらいしか理由が思い浮かばない。


『まあ、冗談は置いといて。ただ単に、ジェフに構っていられる余裕が無いって事じゃない?』

「……どういうことだ?」

『ジェフよりも厄介な奴がこの先に居るって事』


 ガルムたちが駆け抜けていった森の先を見つめる。


 奴らは真っ直ぐに進んでいった。

 おそらくこの先は沼地に繋がっているのだろう。


 俺が向かう目的地も生憎と同じだ。

 正直、気が進まないがそうも言ってられない。


 残念なことだが、今回も一筋縄ではいかなそうだ。




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