風前の勝利
意識を手放さないようになんとか気を張っている中、ゆっくりとスケルトンが動き出した。
動けそうもない弱い獲物を本能的に狙うのだろう。
真っ直ぐ俺の方へと向かってくる。
近づいてくる合間に痛む身体に鞭を打ち、なんとか上体を起こす。
今回の作戦のキモは俺に掛かっているのだが、高位の炎魔法を使うのはぶっつけ本番になる。
事前に試す時間も体力も、今の俺にはない。
失敗すればこの傷だ。死ぬことになる。
緊張に固唾を呑んでいると、俺とスケルトンの間にロベリアが割って入ってきた。
「悪いけど。それ持ってこられると邪魔だから、そこ置いてってよ、ね!」
ロベリアがかざした手を下へと振る。
その直後に、スケルトンが両手に携えていた大剣が切っ先から地面にめり込んだ。
落下した衝撃で地面が微かに振動する。
なおも加重が掛かっているのか。
横倒しになった大剣が、それを手放さないスケルトンの手ごと押し潰しながら地面へとめり込んでいく。
しばらく重力と戦っていたスケルトンだが、無理だと判断したのか。
バラバラと手を崩しながら、再度俺へと向かってきた。
あいつ、よほど俺に固執しているようだ。
先ほど頭蓋を潰したのを恨んでいるのか。それとも、大剣などなくても俺を殺せるとふんだのか。
ロベリアのお陰で、大剣を手放しただけでなく、掴みかかられる手さえも存在しない状態だ。
となれば、あいつの攻撃手段は一つしか無い。
「こんなもんでどうよ!」
「充分だ、後は下がっててくれ」
俺の言葉に返事をする代わりに、ロベリアは横に飛び退いた。
眼前には頭蓋の口を大きく開いて、俺目がけて突進してくるスケルトン。
勢いを殺すこと無く突っ込んできたスケルトンに喰われる、その刹那。
俺は左腕を目の前に突き出して、ありったけの威力の炎魔法を左手に纏わせた。
魔法の威力は即ち爆発力だとボスは言っていた。
だったら限界まで魔素を溜め込んで、それを一気に放出すれば瞬間的にだが高位魔法に匹敵するほどの威力を出せるのではないか。
もちろん扱う魔法にもよるが、今回のように骨をも灰にする威力の炎を使うのなら一瞬で充分だ。
相手は炎を苦手とする死霊系の魔物、スケルトンだ。一度火が付けば勝手に延焼してくれる。
そうして、俺の目論み通り。
溜めに溜めた魔素を一気に放出する形で左手に纏わせた炎は、あっという間に巨大スケルトンを火だるまにしていった。
眼前の惨状をぼんやりと眺めながら、俺は身動き一つ出来ない状態で地面に突っ伏していた。
作戦は無事成功した。
スケルトンは丸焼けで、あそこまで火が回ってしまえばいずれ燃え尽きて灰になるだろう。
問題があるとしたら俺の方だ。
当初危惧していた、魔法を行使した後の暴発――あのスケルトンと同じく火だるまになる危険性は、骨の顎門が突き出した俺の左腕を噛み千切ったので、同じ末路を辿らずに済んだ。
けれど、例え丸焼きにならなかったとしても、腹が裂けていて右腕の感覚も無く、さらに左腕は喰われて二の腕から先が無い。
どちらがマシか、なんていう議論をするつもりは無いが、こんなのどちらもご免だ。
「良かったー、生きてたよ」
死に体で身動きも取れずに居ると、すぐ傍でロベリアの声が聞こえてきた。
顔を向ける気力も体力もなく、じっとしていると俺の左腕に気づいたのか。
「ぐえぇ」と、カエルの潰れたような声を出した。
「ひっどいなあ。腹も裂けてるし、腕は一本ないし。無茶が利くからってはしゃぎすぎじゃない?」
心配しているのか、呆れているのか。
ぶつぶつと文句を言っているロベリアに、別にはしゃいでいたわけではないと反論したいが声を出せない。
今すぐにでも気絶してしまいそうになる所、なんとか意識を保てている状態だ。
「流石にこの傷を治せるレベルの回復魔法は使えないけど、出血くらいは止められるからジェフはもう寝てて良いよ。魔石探し出したら連れ帰ってあげる」
その言葉を聞いた途端、張り詰めていた緊張の糸がプツリと切れたような気がした。
ロベリアがそう言ってくれるなら、ここは好意に甘えることにしよう。
そうして抗う術もなく、俺は簡単に意識を手放すのだった。




