抗う者たち
最下層の居住区への帰還のため、ボスから渡された魔石を取り出す。
何でもこれには転移魔法が込められているらしく、魔素を流し込んで砕いてやれば自動的にいつもの居住区まで転移出来るらしい。
ボスのお手製で、魔石に魔法を込めるのはマジックアイテムの製法にも通じるのだとか。
空間転移なんて使えるだけでも凄いのにこんなことも出来るとは、ますますボスの得体が知れない。
「ロベリアはボスの素性、知ってるのか?」
『知らないよ。僕はそこら辺興味ないし。知ってるとしたらガウルかなあ。あいつ、ボスにベッタリだから』
「そうか……ガウルについては」
『それこそどーでも良いし! あいつ、事あるごとに僕に突っかかって来るから本当うんざりしてるんだよね!』
「……どっちもどっちじゃないのか?」
端から見たらたいして変わらないんじゃなかろうか。
苦笑しながら、取り出した魔石を起動しようとした。
その時だった。
いきなりのことだった。
空を斬って、横薙ぎに振られた大剣が俺の胴を抉っていった。
衝撃を緩和させることも出来ず成されるがまま、入り口の扉前まで吹っ飛ばされる。
「ジェフ!? ちょっ、大丈夫!?」
気づけば、影へと入っていたロベリアが出てきていて、俺の顔を覗き込んでいた。
返事をしようにも息を吸い込むと、喉の奥から血が溢れ出てくる。
咳き込んで吐き出しながら左手で腹に触れると、ぬるりとした血の感触がした。
腹が裂けて、内臓でも出ているんだろうか。呼吸も苦しいし、肋骨も数本折れていそうだ。
起き上がろうと腕に力を入れるが、それすらもままならない。
右手はさっきの重力魔法の使用でボロボロだし既に感覚が無い。加えて、腹部を裂かれてこの出血だ。
直に血が足りなくなって動けなくなる。
「これはちょーっとヤバいかも」
「なにが、あったんだ」
「あのスケルトン、倒せてなかったみたい」
顔だけを起こしてロベリアの指差した方を見る。
そこにはまだ不完全ながらも、崩れた骨の身体を成形し直しているスケルトンの姿が見えた。
「なるほど……そういうことか」
スケルトンは元々はアンデット。死霊系の魔物に分類される。
確かに雑魚だが、あれは倒しても倒しても起き上がる。魔素を原動力にしているから、それが供給されている限りは不死身なのだ。
道中でも何度も目にしてきたが、目の前のイレギュラーさに度肝を抜かれて肝心なところが抜けていた。
あれを完全に倒すには、身体を崩すだけではダメだ。
死霊系の魔物に有効なのは炎。それは相手がスケルトンでも変わりはない。
けれど、俺の腕でも実証済みな通り、人骨は熱に強い。並大抵の炎では灰にするのも難しい。
――人体を骨まで溶かす熱。
そこまで火力を上げればあのスケルトンを焼き尽くすことが可能な筈だ。
そういえば東の森でミルと遭遇した時、とんでもない威力の魔法をミルが使っていた。
俺の目の前にいた冒険者が跡形も無く消えていた。あの熱と爆風は高位の魔法だろうが原型は炎属性の魔法に当て嵌まるのだろう。
だったら、俺にも出来るはずだ。
問題はその後、スケルトンを無事焼き尽くした後だ。
通常の炎魔法でも消火に難儀しているのに、身体が溶けるほどの熱を生成してしまったら、骨さえ残さず灰になってしまう。
だから、その後始末はロベリアに頼むことにする。
「――というわけなんだが、頼めるか?」
作戦を伝えると、ロベリアは渋い顔をした。
「良いけど……ここは素直に逃げた方が良くない? ボスから転移の魔石貰ってるんだよね」
「それなんだが、さっき吹っ飛ばされた時にどこかへ飛んでいってしまったみたいなんだ」
これについては、タイミングが悪かった。
なんせいきなり腹に重い一撃を食らったんだ。
魔石だから物理の衝撃で砕ける事はないが、この広い場所では探すのだって一苦労だろう。
「うっ……じゃあ、取りあえず僕があいつボコってから、安全な場所まで逃げる!」
「今の見てただろ。あれは衝撃を与えても倒せないんだ。燃やして灰にしないといけない。ロベリアは炎魔法の心得はあるのか?」
「少しなら扱えるけど、あれを焼くってなるとドラゴンレベルの炎じゃなきゃ無理だね。当然、僕にそんな芸当は出来ない!」
「それにあいつの動きを止めたって、この状態じゃ歩いて逃げるのは無理だ。引き摺って貰おうにも、モタモタしてたらあいつがやってくる」
非常事態故にロベリアの助力を乞う事も考えたが、魔術に秀でたボスならまだしもロベリアは攻撃特化のタイプではないと見た。
スケルトンの動きは止められるだろうが、完全に倒すには相性が悪い。
それに今の俺の状態では自力で歩くのは不可能だ。最悪、背負って貰わなきゃいけない。
そうなった場合、スケルトンを放置したままここから逃げ果せるのは至難の技だろう。
「うー、それじゃあどうすんの! 死ぬの!?」
「俺がミルを残して死ぬわけないだろ。……作戦はさっき言った通りだ。でもあれは、俺がスケルトンの身体に触れなくちゃいけない。その前に大剣で殺されたらどうしようも無いから、ロベリアにはあの両手に持っている大剣だけどうにかして欲しい」
先ほど戦っていて分かったが、あの骸骨、攻撃手段は両手の大剣のみだった。
それもそのはず、自らの骨の拳で殴ろうものならその衝撃で腕が瓦解してしまう。
そうならないようにわざわざ大剣を使っているのだ。
だったらそれを使えないように取り上げてしまえばどうなるか。
当然、直接俺を握りつぶしに来るだろう。
そこが狙い目だ。俺が動けなくても相手からわざわざ来てくれるように仕向ける。
ロベリアに頼んだのは、そういう意図があってのことだ。
「うーん……まあ、そういうことなら協力してあげる。元々、ジェフが死にそうになったら助ける約束だったしね。ここは僕に任せなさい!」
やけに張り切っているロベリアは放っておいて、俺は俺であの巨大スケルトンを灰にする準備をしなければ。
平時なら集中力を高めることで、高温の炎を作り出すことは可能だろう。
けれど、今のコンディションでははっきり言って難しい。
痛みが許容範囲を超えてしまっていて、いつ気絶してもおかしくない。
そんな状態では魔法を扱うのだって一苦労だ。
けれど、やれなければ俺はここで死んでしまう。
それだけはあってはならないことだ。だから、意地でも生き残ってやる。




