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二人きりの小休止

 

 そんなこんなで、地下五階。


 次のフロアの入り口へと繋がっているであろう部屋の扉前までなんとか辿り着けた。

 扉の先は、おそらくボスが言っていた手強い魔物が居るのだろう。


 早速、と行きたいところだが挑む前にコンディションを整えておく必要がある。


 コンディションというのはズバリ、この黒焦げになった腕を元に戻す、ということだ。


 敵も近くには居ないようなので、近場の岩肌に腰を落ち着けて現状を確認する。


 俺の右腕は肘より下は既に炭化して真っ黒焦げだ。

 けれど手の形は残っていて、指も動かそうと思えば出来るだろうが恐ろしくてそこまではしたくない。

 感覚は殆どなく、痺れているかのように鈍く感じる。おそらく手先の神経がダメになっているのだろう。痛みがないのは救いだが、この状態を喜んでいいのかは疑問なところだ。


 昨日の焼身自殺未遂事件の後、ボスに魔法制御について教わった。

 そのお陰か、昨日よりは火力の調節も出来たようで、格段に燃費が良くなっているように思う。

 地下一階からここまで、一気に降りてきて三十分と少しくらい。

 接敵した時と移動時とで炎の強弱を調節すればもう少し俺の腕も持つだろう。


 それ以上は昨日の二の舞になりそうだから、最低ライン、燃やすのは肘の辺りまで。

 そういったルールを設けてリスク管理をする事が一番だと、昨日の一件で嫌と言うほどわかった。



 現状はある程度知れたので、今度はこの右腕の処理をしなければいけない。


 これもまた憂鬱なのだが、このまま燻った腕を放置していても治るのに数時間要してしまう。

 そんなことでは時間内にダンジョン踏破は出来ないし、実戦では俺の腕が治るまで敵は待ってくれない。


 そこで、この問題を解決するナイスアイディアをボスからご教授頂いた。

 俺としてはもの凄くやりたくない方法なのだが、そうも言ってられない。

 ここで弱音を吐いていたら、いざという時にミルを護れない。それだけはあってはならないことだ。


 意を決して、先ほど道中で拾った剣を鞘から抜く。

 武器の使用は禁止だが、何もこれは敵を攻撃する為に拾ったものではない。

 自分の腕を切り落とすために使うだけなら、ルール違反にはならないはずだ。


 刃を肘の付け根に沿って押し当てると、無機質な感触が伝わってきた。

 明らかに人体を切断する感触ではない。まるで焼きすぎたパンをナイフで切るような感覚だ。

 ここまで炭化しているならそれもそのはずだが、骨だけは燃え尽きていないようで関節を狙って切り落とす必要がある。

 自分の腕を斬るなんて、そうそうすることでもないから切断するのに手間取った。

 けれど、コツさえ掴めればすんなりいきそうだ。


 アブノーマルな経験値ばかり溜まっていくのに多少の危機感を覚えつつも、斬り終えた腕の切断面を軽く炎で炙って出血を止める。

 そこまでやって、一通りの処置は終わり。やっと一息つける。


 傷は治るから問題ないが、出血は血が戻るまで時間が掛かる。

 だから血を流したままにするより、傷口を塞いで回復を早めた方が治りも早い。

 けれど、不慣れな回復魔法を使うより、辛うじて普通に使える炎魔法で焼いた方が手間も掛からず、手っ取り早い。


 まともに使える魔法なのだからせめてもっとマシな事に使いたいのに、それすらも許されないとは。

 この戦闘訓練、想像以上に地獄じみている。



「……つかれた」



「はあー疲れたあ」


 いきなり聞こえてきた声にぎょっとしていると、俺の影からロベリアが飛び出してきて、俺の隣に何事もなかったかのように腰を下ろした。


 そうだった。ロベリアは今まで俺の影に潜んでいたんだった。

 昨日の恐怖もあり、自分の腕を気にしながらここまで駆け抜けてきたものだからすっかり忘れていた。


「……疲れたって、ロベリアは何もしてないだろ」

「影の中に居るのって大変なんだよ。魔素ものっすごい持ってかれるし、休憩挟まないとやってらんない」


 そういえばこの前、そんな話をしていたような気もする。


「てかジェフ、エグいことするね~。ほっとけば治るんだからそこまでする必要ある?」

「こうすると治りが早い、ような気がするんだ。まだ検証した訳ではないけど」

「でも腕斬るのだって痛いんじゃない? わざわざ自分からそんなことするって、ジェフもしかしてマゾ?」

「そっ、そんなわけないだろ!」


 全力で否定するとロベリアは「ごめーん」と謝った。

 まったく謝罪の意が伝わってこなかったが、誤解は解けたので水に流そう。


「それで、その腕が生えてくるのはどれくらいかかるわけ?」

「昨日は治るまでに三十分は掛かった。でも、あれは腕が焦げただけだったから。今回は肘から先がないし、どれくらい時間がかかるかわからない」

「じゃあ、それまで暇ってこと?」

「そうなるな」


 肯定するとロベリアはあからさまに嫌そうな顔をする。

 退屈すぎる待ち時間が発生したことが気にくわないんだろう。

 早く治せ、と言われたがこればっかりはどうしようもない。すぐ治せるなら俺だってそうしたいところだ。


 けれど、暇なのは俺も同じ。なので、慰みに雑談でもして気を紛らわすことにした。


「ロベリアは何で俺の戦闘訓練に付き合ってくれるんだ?」

「え? 楽しそうだから。ボスに頼まれたからってのもあるけど、一番はそれかなあ」

「……心配だから、とかではなく? 楽しそうだから?」


 当事者の俺からしてみれば命がけなのに、ロベリアは遊び感覚だ。

 それに文句を言うつもりはないが、少しは心配してくれたって罰は当たんないだろう。


 もちろん、ロベリアの事だからそんな憂慮は微塵もないことなど、分かりきってはいるが聞かずにはいられなかった。

 万が一にもしかしたら、ということもあるじゃないか。



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