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焼身自殺未遂事件

 


「――っ!」


 痛みを叫ぶ暇さえない。


 肉が焼ける臭いと、右手から上がった炎が徐々に腕を駆け上がってくる状況にパニックを起こしていてそれどころではなかった。


 どうにかして炎を消そうとするが、この状態の火柱を制御できる気がしない。


 単純に増やした魔素を減らせば良いのだろうが、そんな単純にはいかなかった。

 炎の中に入れた薪を取り出しても火の勢いは弱まるだろうが完全には消えてくれない。

 それと同じで、消火するには水をかけるか燃料が燃え尽きるかのどちらかしかない。


 この場合、燃料は俺の腕だ。炎が燃え広がれば俺の身体が燃え尽きるまで消えてくれないだろう。


 そこまで考えついて、やっと理解した。


 下手したら死ぬかもしれないとか、リスクがあるとか。俺の手足がなくなるとか。

 なるほど、こういうことか。



 一周回って妙に冷静になった頭で納得していると、頭上から大量の水が降ってきた。


 頭から被って全身がびしょ濡れだ。けれど、お陰で俺の腕を焼いていた炎は消えてくれた。

 残ったのは黒焦げの右腕。かつて俺がミルに作ってあげたコゲコゲの肉を思い出す有様だ。


「し、死ぬかと思った」

「いやあ、まさかここまで盛大に燃えるとは思わなかったよ」


 事の重大さに反して、ボスは慌てず騒がずいつも通りだった。

 それを見て一気に全身の力が抜ける。


 すとん、と椅子に腰掛けると熱い吐息が零れた。

 頭から水をぶっかけられた事で火照った全身が冷めていくのを感じる。


 どうやら先ほどの消火はボスの魔法のようだ。


 どうせなら俺もあんなふうに、普通に魔法を使いたいものだ。

 今の結果を見るにどう足掻いても無理そうだが。


「焦げ臭い……」

「ガウル、嗅覚鋭いからなあ。お犬様は大変だねえ」

「犬ではない、狼だ」

「えー、どっちも似たようなものじゃない?」

「全然違う! ウェアウルフとコボルトでは雲泥の差だ! そもそも頭の出来が違うのだ。一目瞭然だろう!」

「僕からしてみたらどっちも同じだし、興味ないからどうでもいいかなあ」


 ガウルとロベリアの二人は、俺の焼身自殺未遂事件なんて無かったかのように口論に勤しんでいた。

 少しも心配されないのは悲しいものがある。


 少し離れた所では、ミルが心配そうに俺の様子を伺っているのが見えた。

 微かに鳴き声も聞こえるし、あんな火だるまを見たら心配するなと言う方が無理な話だ。


 今はまだ色々と聞きたいこともあるし、この場を離れられない。


 振り返って笑顔を見せてやると、少しは落ち着いたようで鳴き声は止んだ。

 けれど不安なのは十分伝わってきた。早く安心させてやらなければ。


「どうやら上手く扱うには練習が必要そうだ」

「練習って……それ本気で言ってるのか?」

「もちろん。ジェフが持っている莫大な魔素を上手く使うとしたらこれ以外には使い道はない。ほら、偶然怪我してもすぐ治る身体もあるんだ。これを利用しない手はないねえ」


 嬉々として話すボスの態度に、俺は反論する気力さえ失った。


 あんなんじゃ、手足が幾らあっても足りない。

 俺の場合、欠損しても生えてくるから問題は無いがそもそもそういう話ではないし。

 痛覚が無ければ良かったが、俺は死体ではないから痛みも感じるし許容範囲を超えると気絶もする。


 使い勝手が良いのか悪いのかわかったもんじゃない。


 あんな無茶苦茶な魔法の使い方をして、制御できたとしてもそれはあくまで威力とか魔法の発動制御とかの話だ。

 俺の腕一本と引き換えに目の前の敵は倒せるが、こんなの誰が見たって非効率だ。

 欠けた腕が生えてくるのだって時間が掛かる。


 仮に痛みは我慢できるとして、こんな無茶ばかりしているとミルを不安にさせてしまう。

 ミルを一人残して死ぬつもりはないが、それでも心配そうに鳴くミルを想えば胸が痛む。


 ハイリスク、ローリターン。


 けれど、これしか強くなる方法が残されていないのなら、縋るしかない。

 ボスの言うとおり、練習すれば少しはマシになるかも知れないし。

 痛い思いをしなければならないのは憂鬱だが、涙を飲んで堪え忍ぼう。



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