カミングアウト
「今のあんな手荒にする必要があったのか!?」
「んー、ないねえ。普通に身体に触れて魔素を流し込むだけで良かったんだけど」
のほほんとした様子でボスが答えてくれる。
目を覚ました俺は何事もなくピンピンしていた。
最初以外は意識のある状態で身体の再生が機能していたが、今回は気絶していたからどうなるか不安だったが余計な心配だったらしい。
どうやらこの再生能力は俺の意志とは無関係で、少しでも傷つくと機能するようだ。
自分の身体だが仕組みは不明。ボスに聞けば判明するだろうが、俺は聞いても理解出来ないだろう。
「さっきから謝ってるのに、ジェフしつこい! 死ななかったんだから良いじゃないか!」
「そういう問題じゃないだろ」
ロベリアとはさっきからこんな感じの押し問答で一向に解決に向かわない。
「あれは歳の割に中身は餓鬼だから、お前が折れてやらねば一生終わらんぞ」
ボスの空間魔法で用意した食卓のテーブルやらをセッティングしているガウルが、こそこそと耳打ちしてきた。
なんだか釈然としないがこのまま続けていても不毛なのは事実だ。
結局、俺が折れる形でロベリアとの話を打ち切ると、気になっていた事をボスに尋ねる。
「ミルの方は何かわかったのか?」
「あれは小さくなっているわけではなく元の大きさに戻っていると考える方が自然だね」
「……どういうことだ?」
「半魔に成りたてであの大きさはおかしいってことだ。君の妹の年齢的に元々の身体の大きさなんて大人と比べると半分ほどしかない。ならば半魔になったとしても、それほど体躯の変化はないはずだ。それなのに、実際のミルは成体並……何百年も生きているドラゴンと同じ。これはおかしい」
「私もドラゴンの生態に詳しいわけではないけれど、それでもこれが正常ではないことはわかるよ」
「じゃあ、もしかしたらこれはミルじゃない、ってことか?」
そんなこと、考えたくはないがボスの話を聞けば辻褄が合わない。
「そう考えるのは早計だと思うがな」
聞こえてきた声に顔を上げれば、ガウルがすぐ傍にいた。
出来上がった料理を運んできたのだろう。テーブルに並べながら、助言をくれた。
「お前の妹を助けに行った時のことを思い出せ。あの人間、なんと言っていた?」
「人間……あの冒険者のことか?」
俺を裏切った冒険者のリーダー。
あの時、俺に喚き散らしていたが、小屋が燃えているしミルの安否が心配だった事もあり然程気にも留めていなかった。
言われてみれば、あの男なにやら言っていたようにも思う。
「あんなバケモノだとは聞いていない……予想していたのとは違うと。そう言っていたようにも思えたが」
ダンジョンで俺を殺そうとした事から、奴らのターゲットがミルであったのは間違いない。その後のあの発言だ。ミルに危害を加えようとあの場所に居たと考えれば合点がいく。
「……でも、どうして体躯の大きさが比例していないんだ?」
「ふむ、これはあくまで仮説だが、ミルは時間が経てば元々の大きさまで縮むはずだ。最終的にどこまで小さくなるかは分からないけどね」
「そして、なぜあそこまで巨大化していたかの謎だけど、おそらく魔素が関係しているんじゃないかな」
「魔素?」
「人間には毒だけど、魔物や半魔にとって魔素というのは力の源のようなものだ。多ければ多いほど身体も屈強になるし使いようによっては寿命を延ばすことだって可能だよ。実際にドラゴンなんかは千年生きる個体もいるって話だ。もちろん種族的に長寿というのもあるのだろうけど、莫大な魔素が無関係とは言えないだろう」
「話が逸れてしまったけれど、つまりはこういうことだ。ミルは短時間に爆発的に魔素が増加してしまった。だからあそこまで巨大化してしまったけれど、身を守るために魔法を連発したことで魔素が切れて虚脱に陥ってしまった為、応急処置として体躯の巨大化に消費していた魔素を体内へと変換している、というのが私の立てた仮説だ。そのためにこうして縮んでいるのだろうね」
「つまり、このまま放っていても何も問題は無いということで良いのか?」
「今のところはそう考えても良いと思うよ」
ボスの言葉にほっと胸を撫で下ろす。
色々と落着が付いたところで、テーブルを囲んでの朝食となった。
鹿肉のスープに鹿肉の香草焼き。ミルには追加でガウルが捕ってきた鹿の丸焼きが振る舞われた。
「そーいえば、ジェフは魔法が使えないって言ってたけどそれは治ったの?」
食事中にロベリアに尋ねられた。
そうだ、大事なことを忘れていた。元々、俺が腹を貫かれたのは魔法を使えるようにするためだ。
試しに手のひらで小さな炎を出してみる。
威力は前使っていたのと変わらない。火付けに使えるくらいの弱々しいものだ。
それでも使えるようになっているのだから、先ほどのロベリアの荒療治は成功と見て良いだろう。
「良かったよ。魔法が使えないんじゃ話にならないからねえ」
ボスの一言で背筋が凍り付く。
魔法はかろうじて使えるが、戦闘に利用できるほどのスキルは俺には無い。
こればっかりは努力したら使えるというものではないから冒険者をやっていた当時も諦めていたというのに。
「……それって」
どういうことだ、と聞く前にボスからのご高説が始まった。
「半魔になると魔素のキャパシティが大幅に増えるんだ。魔法の威力も質も段違いだから、君が強くなるにはこれを利用しない手はないね」
「俺は魔法での後方支援より、前衛で再生力を生かした戦闘スタイルの方が合っていると思いますが」
「それも良い案だけど、魔素を肉体の強化に当てるにも個人差があるからなあ。やってみないと分からないけれど、ジェフはそっち向きではないように思うよ」
「どちらかというと小回りが利く方じゃない? 前衛で筋肉馬鹿の真似事するより撹乱するような立ち回りの方が僕は合ってると思うな」
ガウルとロベリアも混じってあーだこーだと、今後の俺の指針について、話に花が咲いている。
それを聞いている俺は生きた心地がしない。
けれど、このまま放っておけばそれはそれでさらに言い出しにくい事になりそうだ。
「あの、盛り上がっているところ悪いんだが」
手を上げておずおずと切り出すと、全員の視線が俺へと向けられた。
ごくりと唾を飲み込んで、続く言葉を口にする。
「俺、魔法が使えないんだ」
一瞬にして、和やかな雰囲気が凍り付いたような気がした。




