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荒療治オーバーキル

 

 ロベリアとの雑談を終えたところで、そういえばガウルに飯の支度を手伝えと言われていたことを思い出す。

 ロベリアの登場で完全に出鼻を挫かれてしまった。


 二人の元を去りガウルの所へ戻ると、捕ってきた鹿を使って既に食事の準備が出来ていた。

 鹿肉のスープに、焦げてない肉。

 どれも俺が作るものより美味しそうだ。絶対美味い。


 おそらくこれらもすべてガウルが作ったのだろう。

 俺の腕を生食するくらいだから鹿も丸齧りするのではと危惧していたが、見た目に似合わず料理はするらしい。


「料理、得意なのか?」

「人並みには出来ると自負している」

「……そうか。てっきり生のまま喰うのかと思っていた」

「それも乙なのだが、ボスに配膳するからには不味いものは出せん」



 ガウルについて、一つはっきりしている事がある。


 彼はボスを慕っている。慕うと言うよりは敬うと言った方がしっくりくるかもしれない。

 そこには利害関係だけとは言えない何かがあるのだろう。一緒にいるのをよく目にするし、ボスからの信頼も厚いように感じる。

 なにより、態度で丸わかりだ。


 澄ました顔をしているところを見るに隠しているつもりだろうが、あんなに尻尾を振りまいていれば誰でも察する。


「手持ち無沙汰ならあっちへ行け。料理の邪魔だ」


 厄介払いされて、巡り巡って最後に行き着いたのはボスの所。

 そういえば、ちょうど聞きたい事もあったんだ。

 焚き火の前に座りながら火を弄っているボスに話しかける。


「ボス、話がある」

「うん? なにかな?」

「俺とミルの事についてなんだが、相談したい事があるんだ」

「ふむ?」

「俺は上手く魔法が扱えなくなっていて、ミルに至っては少し縮んだように見えるんだ」

「……確かに、そう言われてみれば小さくなっているように見えるね」


「命に関わるような事にはならない、よな?」

「おそらく心配はないと思うけれど、私の方でも調べてみよう。それはそうと、ジェフの魔法が使えないというのは心当たりがあるね」


 ミルに向けていた視線を俺に戻して、ボスはわかりやすいように説明してくれた。


「魔法は魔素を放出する事で行使出来るんだ。視認は出来ないけれど、魔素を放出する穴のようなものがあってそこから必要量を調節したり威力を抑えたりするんだけどね。今のジェフはそこから上手く外に出せない状態になっている」

「……どうすればいいんだ?」

「手っ取り早い方法は根詰まりを直してやることだ。これについては何も難しいことはない。体外から魔素を身体に入れてやれば元通りになる」


 ということで、とボスはロベリアに声を掛けた。


「ロベリア、ジェフを手伝ってやってくれない?」

「えー、僕があ? 嫌だなあ、面倒だよ」

「そんなこと言わないで頼むよ」


 この場合、素直に手伝ってくれるのが道理というものではないだろうか。

 先ほどの一幕で距離が縮んだと思っていたのだが、どうやら俺の気にせいだったみたいだ。

 ロベリアが素直に協力してくれないならそうとしか考えられない。


 ボスのお願いにロベリアは渋々腰を上げた。

 それでも顔は顰めっ面で、明らかに嫌そうだ。


「ボスにはお世話になっているから今回は手伝ってあげるけど、これっきりだからね」

「あ、ああ。ありがとう」


「私はその間にミルを見ておくよ」


 ボスはそそくさとミルの元へ行ってしまった。

 去り際に頑張ってね、と言い残されたのが少し気になる。


「んじゃあ、ジェフはそこに立って、動かないでそのまま」

「わかった」


 言われたとおりに立ち尽くすとロベリアは俺から少し離れた。

 と思ったら何やら助走を付けて俺に向かって走り出す。


 ……とても嫌な予感がするのだが。


「うおっ!」

「避けたら当たらないでしょーが!」


 俺目がけてドロップキックをかましてきたロベリアをすんでの所で躱す。

 直後、怒鳴られたが何の説明も無しにこんなことされたら誰だって避ける。


「説明してくれっ!」

「いいのいいの! どうせ説明したってジェフにはわからないから!」

「俺はそこまで馬鹿じゃない!」


 押し問答しながら俺はロベリアから逃げて、彼女は俺を執拗に殴りに来る。

 ボスの説明ではこんな荒々しい印象は受けなかったんだが、なんなんだ?

 ロベリアのこれは絶対、陽の出ている時分に面倒な事を押しつけられた腹いせにしか見えない。


「せめてもう少しお手柔らかに!」

「良いから僕に殴られろ!」


 逃げる道中で木の幹に風穴を空けてそんな台詞を吐いたところで、俺を説得できるとでも思っているのか?

 あんなの食らったら骨どころか内臓破裂して死んでしまう。

 いくら俺がちょっとばかし無茶が利くからって、こいつらみんなやり過ぎだ。


「がッ……!」


 魔の手から逃れようと必死に走っていると何かに足を取られて地面に倒れ伏した。

 おかしい。躓くようなものはなかったはずだ。


 上体を起こして足下を確認すると、俺の影から手が伸びていて足首を掴んでいた。


「僕から逃れようったってそうはいかないよ~」


 驚いていると、俺の影から這い上がるようにロベリアが出てきた。


「な、なんでそんなとこから」

「ヴァンパイアは陽の光が苦手だから、こうやって明るい時間帯は影に潜る事が出来るんだ。あくまで一時避難だけどね。長くは潜れない。魔素の消費が激しいから」


 流石、闇の眷属と言われるだけはある。

 なんて、感心している場合ではない。


 はっと我に返ると同時に、腹部に内臓がねじ切れるほどの衝撃が走った。

 何が何だかわからないまま、激痛で意識が朦朧とする。


 すぐ傍では「やりすぎちゃった」なんて、反省の欠片もないようなロベリアの声が聞こえてくる。

 もちろんそれに反論する事もかなわず、口腔に広がる血の味に噎びながら俺は意識を手放すのだった。




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