兄妹水入らず
ボスとの話が終わって、俺はミルのいる森へと帰ってきた。
「ただいま」
ゲートを潜って姿を見せると、目を閉じて寝ていたミルが起きて頭を上げた。
「遅くなってごめんな。色々あって慌ただしかったけど、しばらくはゆっくり出来そうだ」
ミルの元に寄って、ただいまのハグをする。
以前は抱きついて軽々持ち上げられたけれど、今は流石に無理だから抱きしめるように頭に触れて撫でてやる。
俺が帰ってきて安心したようにミルはグルル、と喉を鳴らした。
きっと寂しかったんだろう。俺も昨日からミルに会えなくて気が気じゃなかった。
「ミル? ……少し小さくなってないか?」
安堵の心地に浸っていると、ふと気になった。
見た目、少しだけだが身体の体積が縮んだようにも見える。
昼間見たときはガウル二人を縦に並べてもちょっとお釣りが来るくらいには大きかった。けれど、今はガウル一人と半分くらいか。なによりも見上げても首が痛くならない。
ドラゴンって、小さくなるものなんだろうか。
どちらかといえば、年齢的にこれから成長する筈だからこれ以上にでかくなる方が自然だ。
そうなった場合、俺はもの凄く困るけれど。
「うーん、なんでだろう」
「ギュウゥ」
「どこか苦しくないか? 痛いところは?」
「ギュイィ」
「良かった。大丈夫そうだな」
俺の問いかけに返事をしたり頭を振ったりと反応を返してくれるのはありがたいけれど、欲を言えばミルが何を想っているのかを知りたい。
喋れないにしても感情や気持ちはあるんだ。考えている事がわかればコミュニケーションが取れる。
確か、魔法でそういったのがあったはず。念話だったか。けれど、魔法が使えない俺では意味がない。第三者に行使してもらうという手もあるが、あの手の魔法は自分で使用しないと効力を発揮しないらしい。
次点で、マジックアイテム――俺が街で手に入れた呪いの仮面のような、何かしらの加護を受けている装備品。けれど、あれらはかなり高額で実用性が高いものほど値段がつり上がっていく。
自分で作るという方法もあるにはある。けれど、上質な魔石や特殊な技術。それと付与する魔法の精度も必要で、到底俺に出来ることではない。それ専用の職人もいるが依頼料が目玉が飛び出るほどに高い。
もちろん俺にそんな大金、あるはずがない。
「金がないない言ってても何も変わらないし、火でも焚いて飯にするか」
夜なので、既に周囲は真っ暗だ。月明かりはあるが、夜は冷えるし焚き火をして野宿する事にした。
一応、ダンジョン内には俺の自室があるらしいが、ミルを一人残して快眠なんて出来ない。
今日は野宿にするが、明日からはここに仮小屋でも建ててそこで寝泊まりすることにしよう。ミルもその方が安心するだろうし、俺も安心できる。
周囲を見たところ、近くに池もある。水には困らないし、食料だって森の中だ。野生の動物や木の実を取って食っていける。
ダンジョン内の地下空間だというのに、俺一人だけサバイバルをしているのは端から見るともの凄くおかしいだろう。
きっとまたロベリア辺りにからかわれる。
徒然と考え事をしながら、拾ってきた薪木を組んでいざ火を付けようとしたその時だった。
「……おかしい」
魔法を使えない俺だが、あくまでそれは戦闘で使えないというだけだ。日常生活で使う分には困ることはない。火を付けるにしても炎を出せれば良いだけで、威力は必要ないからだ。
けれど、どうしたことか。火を付けようと手を組み木にかざしても、ウンともスンとも言わない。
もしかして、ボスが弄ったことでなんらかの異変が俺の身体の中で起こっているのだろうか。腕が生えてくるのは異常すぎるが、魔法の制御が利かないならまだしも魔法を使えない、なんて事があるのか?
「困ったなあ」
「ギュウゥ?」
「ああ、ミル。焚き火をしようとしてたんだけど、なんだか魔法が使えないみたいなんだ。それでいま、途方に暮れて――あっづ!!」
俺の肩口に擦り寄ってきたミルの口から火炎が飛び出した。
高温で吐き出されたそれは、俺の首元を焼き焦がして組み木へと着弾する。
「え……なっ、え?」
皮膚をあっさり貫通して肉も焦げている状態の首元を抑えながら、困惑する。
突っ込み所が多すぎて何に反応して良いのかわからない。
ミルはドラゴンなんだし、炎を吐き出せて当然だ。俺も何度か目の当たりにしているから今更驚くこともない。
付けられなかった焚き火の火も赤々と燃えている。これで暖も取れる。何も問題は無い。
焼け焦げた俺の肩と首は、焼きすぎた肉みたいに焦げている。火力が強すぎて炭化しているせいで出血はない。痛みは、神経が破壊されて麻痺しているのかあまり感じない。どうせすぐに治るから、これも無問題だ。
問題なのは、兄としての俺の立場が一瞬にして損なわれたこと。
ミルは良かれと思ってやったのだから責められない。けれど、これは精神的につらい。
今しがた自分の弱さに打ちひしがれていたというのに、今度は役立たずというレッテルを貼られた気分だ。
「ギュウゥ……」
「このくらい大丈夫だよ、すぐ治る。ミルはお兄ちゃんの為にやってくれたんだろ? ありがとうな」
心配ないよ、と伸ばした手をミルが舐めた。ごめんなさいと謝っているようで、俺も申し訳なく思う。
見た目は酷いが、出血しない限りこのくらいは怪我の内には入らない。血が流れ出てしまったら貧血でろくに動けなくなるから面倒だけど、こうなってしまえばその心配もなくなるわけだ。
「ミル、ごはんにしようか。……と言っても、携帯食に買った干し肉しかないけれど。お腹空いているだろうから、ミルが食べても良いよ」
「ギュイィ」
頭を振る。食べたくないのだろうか。
「あっ、これは店で買ったものだから味は保証する」
二人暮らしの時は俺が料理当番をしていたが、たまにミルが渋い顔をする時があった。そういう時は大抵、味の調整をミスった時とか肉を焦がしてしまった時だ。だから概ね、俺の料理は信頼されていない。そのせいで食べたくないのかと思ったが違うみたいだ。
ミルがまた頭を振る。
「……もしかして俺の分がないから?」
「クゥ」
「そんなこと気にしなくても良いのに。お兄ちゃんは腹減ってないからミルが」
言いかけて留まる。
そういえば昔もこんなことがあった。あの時、俺はどうしたんだったか。
「……じゃあ、お兄ちゃんも少し貰おうかな」
干し肉を割ってミルに差し出すと、パクリと食べた。
大人しく食べてくれた事に安堵して、俺も分けた干し肉を口に放る。
姿は変わってしまったけれど、中身は以前のミルのままだ。それがとても嬉しい。
だから、ミルだけは護らなければ。何を犠牲にしてでも。
俺がこの子にしてやれることは、それくらいしかないのだから。




