ボスの計画
「大体は把握した。……それで、俺は何をすれば良いんだ?」
「ああ、そうだった。君に諸々説明するのを忘れていた」
俺の問いに、ダンジョンマスターは少し思案したあと、言葉を選びながら告げた。
「昨日、ジェフには私の計画に協力するようにと言ったが、私が成そうとしている事は言ってしまえばクーデターだね。そのためには戦力が必要だ。流石に私とここにいる人数では難しい。だからジェフには戦力増強の為に色々と動いてもらおうと思っている」
話し口から、冗談の類いではないことはすぐにわかった。
だが、そこまでする理由が掴めない。
「どうしてそんなことをするのか、理由を聞いても良いか?」
クーデターなんて、よほどの強硬手段だ。そうする理由がダンジョンマスターにはあるはず。
「私たちの平穏のためだ。何者にも迫害されず、穏やかに暮らしたい。けれど、今のままではそれすら叶わない。それは君も痛感しているはずだ」
彼の言うとおりだ。俺だってそれは身に染みてわかっている。
「現状を変えるにはどうすれば良いか。私は考えた。治める王が代われば国も変わる。差別を無くすには時間が掛かるだろうが、理不尽な迫害は無くせる」
ダンジョンマスターの画策は、俺の利にもなる。
ミルがあんな姿になっては、今までのように暮らすことは叶わない。国のあり方が根底から変われば少しはマシに暮らせるだろう。
もちろん、利害の一致という点だけで協力するわけではない。ダンジョンマスターには助けて貰った恩がある。それを忘れて、はいさようなら、なんて恩知らずも良いところだ。
元より計画に協力する代わりに手を貸すと約束しているし、なんであれ俺に拒否権はない。
「わかった。俺に出来ることなら何でもやる。けれど、ミルを争い事には巻き込まないでくれ」
ミルは俺より強い。それはダンジョンマスターもわかっている。
戦力が必要だとも言っていたし、ドラゴンなんていれば鬼に金棒だろう。
だからといって、ミルを殺戮に駆り出したくはない。無理強いをするのなら、今すぐにでもここを出て行く。
先ほど恩知らずにはなりたくないとは言ったが、俺の一番はミルだ。それを優先できなければすべてが無意味だ。
「それは理解しているから安心して欲しい。君の妹には何も望まないよ。その方がジェフも協力的になってくれるだろうしね」
なんだか見事に手綱を握られているように感じる。
「話はこんなところだ。では、明日から早速雑務に取りかかって貰おうかな」
「構わないが、一つ聞いておきたい事がある」
ダンジョンマスターの言動に嘘偽りがないのであれば、これ以上の好待遇はないだろう。俺も外の世界では生きづらくなったわけだし。
けれど、一つだけ気がかりな事がある。
「自分で言うのも情けないことなんだが、俺、もの凄く弱いんだ。たぶん、この中では一番雑魚だと思う。戦力が欲しいと言っていたし、それには俺も含まれているんだろうけど、はっきり言って実力不足だと思う」
自分で言っていてもの凄く恥ずかしかった。
俯きながら言い終えると、沈黙が流れる。とても居たたまれない。
気まずさに沈んでいると、隣にいるロベリアがいきなり笑い出した。
「あははははは、まって……可笑しいんだけど! え? 自分でそこまではっきり言う!?」
「おい、そんなに笑うことはないだろう。こいつが可哀想だ」
「そういうガウルだってニヤニヤしてるだろ! 隠せてないよ」
「これで笑うなという方が無理な話だ」
「君たち、そこまで笑わなくても……ほら、ジェフが立ち直れなくなるじゃないか」
「……大丈夫」
精神的にものすごく傷ついたけれど、本当のことだから反論の余地もない。
落ち込んだままでいれば、ダンジョンマスターが助け船を出してくれた。
「もちろん、その事についても考えてある。使えなければ実力を付けて貰うだけだ。明日からはそれも平行して行うから心配はしなくてもいい」
「……助かる」
この人は神様か何かなんだろうか。ガウルやロベリアが慕っている理由がわかってきた。
「最後に一つ聞きたいんだが、あんたのことはなんて呼べばいい?」
ここの奴らはボスと呼んでいるが、俺もそれに倣った方が良いのだろうか。
「ダンジョンマスターなんて名乗っているけれど、私は君たちの主人じゃあない。あくまで利害の一致でこうして行動を共にしているんだ。あまり恭しく呼んでくれなければ何でも構わないよ」
「わかった。それじゃあボスと呼ばせてもらう」
なんだかダンジョンマスターは素性を隠したいように見える。あんなかぶり物をしているし、詮索されるのは嫌なのだろう。
ボス、と呼べば彼は満足げに頷いたのだった。




