魔なる者
「つまり、今の俺は人間ではないってことか? 信じたくはないが……」
「分類的には難しいところだろうね。少なくとも人間ではないけれど、半魔寄りかと言われるとそうでもない。ジェフの特筆すべき点は治癒能力に優れているってだけで、その他は凡人止まりだ」
長話の最中にガウルが淹れてくれた茶を飲みながら、ダンジョンマスターは告げる。
半魔――亜獣化症の罹患者の成れの果てをそう呼ぶ。
世間ではあまり聞かない言葉だ。街の人間もその事には触れないし、差別や迫害を受けている影響でバケモノと呼ばれることが多い。
「そういえば聞き忘れていたんだが、あんたたちは何なんだ?」
「うっそお。ジェフ、それも知らないの?」
「まったく。……人間ではないことはわかるが」
ロベリアはヴァンパイアだから人間と区別は付きにくい。ダンジョンマスターも、正確なところは何も分からないが、ローブの下は人の形はしているのだろう。
流石にガウルを人間と言うには無理がある。
「君の妹と同じだよ」
「……は?」
ミルと同じ。ということは、亜獣化症の罹患者で彼らも元は人間だったということだ。けれど、それを素直に信じることは出来なかった。
「まあ、何となく言いたいことはわかるよ。昔に比べて今は半魔なんて見なくなったからね」
「それもそうなんだが、症状が悪化すると理性が保てなくなって凶暴化すると聞いた。魔物と変わりないとも」
「あんなケダモノと一緒にしないで欲しいんだけど」
俺の言葉を聞いてロベリアが心外だと口を尖らせた。
宥めるようにダンジョンマスターが続ける。
「ジェフの言うことは間違ってはいない。けれどそれは一時的なものだ。この国じゃあ半魔は迫害されているからね。国民に正しい知識が行き渡っていないんだ。実際は君の目の前にいるガウルやロベリアのような者を半魔と言うんだよ」
告げられて、ガウルとロベリアを見遣る。
最初、ガウルと対面した時、話せることに驚いた。
それもそうだ。俺が今まで目にしてきたのは魔物だったのだから。奴らに人間のような高度な知性は殆ど無いし、言葉を喋る事も無い。
似ているようで魔物と半魔ははっきりと違いがある。けれどそれは理解を示してくれる人間から見ればだ。
差別と迫害で凝り固まっているこの国の人間からしたら、魔物も半魔も大差無いのだろう。
「……ごめん」
「わかってくれたならもういいよ」
テーブルに頬杖を付きながらロベリアが答える。もっと責められるかと思っていたが、そうでもないみたいだ。
先ほどは名前も呼んでくれたし、案外嫌われてはいないのかもしれない。
ロベリアの態度に呆けた顔をしていると、なんだこいつと言わんばかりに睨まれた。
前言撤回。嫌われてはいないが、好かれてもいなさそうだ。
「……と言うことは、俺は半魔って事で良いのか?」
「ふむ。言っちゃあ悪いけれど、ただ死ににくい人間ってだけだからなあ、君は。これから何かしら変化があれば別だけど、これで半魔だなんて言ってしまったら、東国の半魔至上主義の魔王様に頭から食べられちゃうねえ」
俺の問いに、ダンジョンマスターは笑いながら答えた。
グランハウルの国の両隣には大国が位置している。
西にミュニムル、東にルピテス。
グランハウルは今のところ中立という立場を取っているが、ミュニムルは人間至上主義を掲げ亜獣化症罹患者――半魔と成った元人間やそれを庇う家族を処刑または国外追放として、国内から駆逐している。
対して、ルピテスは半魔至上主義。最も尊ばれる者は半魔であり、種族的に劣る人間は奴隷に貶めて食用やら労働力に使役している。
今しがたダンジョンマスターが告げた魔王様、というのはルピテスの現国王のことだ。独裁を敷いていると聞くが、それでも国民からの支持は厚い。
彼らが今まで迫害されてきた歴史を見れば、人気の高さにも頷けるが未だ人の身である俺からしたら恐ろしく感じてしまう。
分かりきった事だが、グランハウルを挟んで両国の仲はすこぶる険悪だ。過去三度戦争が勃発して、三度目の停戦後に両国の間にグランハウルという国が出来た。建国当初のグランハウルは差別も迫害もなく、皆同じ人として平和に暮らしていたそうだが、現状ではその影は成りを潜めてしまった。歴史を重ねていく過程で少しずつ歪んでいったのだろう。
世界の国勢も、昔授業で少し囓った程度だから詳しいところは知らない。大半の国民が国外へと出ることはないし、外国から人が入ってくることも殆ど無い。
俺を含めこの国の人間は無知の民だ。けれど誰もそれに異を唱える事はしない。日々の暮らしで精一杯な状態でそこまで気が回らないからだ。
そう考えれば、この国の国王様っていうのは酷く狡猾に見える。




