皇子の寵愛
ダンジョンとミルの住処である東の森の一部とを、ダンジョンマスターの空間魔法で繋げる。
曰く、今あるダンジョンもこの要領で作ったらしい。
俺の踏破したことのある階層は三階までと浅いからごつごつした岩肌に明かりが灯る洞窟のような様相だったが、階層が深くなるにつれて洞窟とは言い難い構造になっているみたいだ。
地下だというのに、森や沼地、古代遺跡など。ただ地中を行くのは味気ないという遊び心と彼は言うが冒険者にはたまったものではない。
もっとも、俺には最早関係のない憂慮なのだが。
「私もこんなに大きなドラゴンは初めて見るなあ。赤色も艶があって美しいし、鱗が分厚いからなまくら武器じゃ傷一つ付かないだろうね。角もとても立派だ」
作業が終わったダンジョンマスターは、興味深げにミルを観察している。
平時なら見世物ではないと追い払うが、彼には世話になっているし流石の俺もそんな恩知らずな事はしない。
それと、余計な事をすれば後でガウルに噛みつかれそうだ。
「あまりこんな事は言うものではないけれど、ミルは災禍の皇子の寵愛を受けているね。愛して貰えるのは良いことだ。……それが神であろうと悪魔であろうと、どちらでも」
「……ボス」
ダンジョンマスターの言葉にガウルが憂色を示す。
――災禍の皇子。
俺もその名は聞き及んでいる。誰しも知っている名だ。
真偽は定かではないが、国のすべての災厄の原因が、災禍の皇子の所業のせいとも言われている。亜獣化症の蔓延も、数年前から問題になっている王族の急死の件も。
もっとも、その存在も不明瞭なためあくまで噂であるし実在する人物かどうかも怪しい。殆どの人間が眉唾だと思っている筈だ。実際、俺も信じてはいない。
「話が逸れた。ジェフ」
「なんだ?」
「君の妹、調子が悪そうだけど心配には及ばないよ。これは単純に魔法の使いすぎだろうね。ドラゴンともなると魔素量は通常の魔物とは比べものにならないけれど、だからといって無尽蔵ではないから気をつけると良い。十分に休めば回復するはずだ」
「そうか……良かった」
心なしか先ほどよりはミルの調子も良さそうだ。
心配事が一つ減って、俺の肩の荷も軽くなったように感じる。
「さて、君の当分の憂慮はこれで尽きたはずだ。今度は私に協力してもらう」
「わかった。何をすれば良い?」
「それにはまず色々と説明がしたい。立ち話もなんだし、一度ダンジョン内に戻ろうか」
告げると、ダンジョンマスターは魔法で大扉――ゲートを出現させた。空間魔法の一種だろう。
「ミル、後でまた戻ってくるから待っててな」
先に行ってしまった二人を追いかける前に、ミルに声を掛けると理解したようにグルル、と喉を鳴らす。
俺はそれに微笑みを返してゲートを潜った。




