決意
唯一の頼みの綱はミルだが、あの状態では何も出来ないだろう。それ以前に、あの子にこれ以上無理はさせられない。
かといって、俺一人では勝機を見出すことすら難しい。
焦りだけが募っていく中で、大剣の重い一撃に反応が一瞬遅れた。
避けられずにガードしようとして交えた剣が真っ二つに折れる。
よろめいた所に突進を食らって、地面に倒れ伏した。起き上がろうにも息を整えるだけで精一杯だった。体力の限界で手足が動いてくれない。
「よっしゃあ! 俺の勝ち! 残念だったな、にいちゃん。こいつは俺らの獲物だから、雑魚は引っ込んでな」
高々と大剣を掲げて、男は雄叫びを上げる。勝ち誇った様子に、見上げることしか出来ない。
「それじゃあ、お待ちかねのドラゴン退治といこうか」
「――ちょっと待て」
「あ? なんだよ」
「こいつペットに出来ないかなあ」
「はあ?」
盾男のいきなりの発言に、素っ頓狂な声が上がった。
「だってカッコイイだろ、ドラゴンなんて。退治してしまうのはもったいない」
「……お前、馬鹿じゃねえの? 無理に決まってんだろ」
「いいや、俺は諦めないね。見たところ弱ってるし、捕まえるくらいならイケるだろ」
呑気に続けられる会話が腹立たしい。
既に身体を動かす力は残っていなかったが、それでもこのまま何もしないで寝ているわけにはいかなかった。
「ふっ、……ふざけるなよ。俺の大事な妹をペット呼ばわりしやがって」
「はあ? 妹? これが?」
「さっきので頭でも打ったのか?」
「俺は正気だ」
「まあ、いいや。お前の妹でも、ドラゴンを野放しにしておくわけにはいかないんだよ。わかるだろ? 世の中には必要な犠牲ってこと――」
いきなりのことだった。
俺の目の前でご高説をたれていた盾男の頭が、ぼとり、と地面に落ちた。
次いで、どこからか聞こえてくる声。
「それはごもっともだ。それじゃあ、私の計画の為に君たちをここで始末するのも、仕方の無いことだろうね。所謂、必要な犠牲というものだ」
伏しているミルの体躯の上に、見覚えのある影が見えた。
動物の頭蓋を模したかぶり物の白に、真っ黒なローブは地上で見ると異質に映る。
まったく予期していなかったダンジョンマスターの登場に、俺はもとより大剣男は大いに狼狽えていた。
仲間の首が落ちたこともそうだが、正体不明の人物に加えて、草木をかき分けてガウルが現れたからだ。
凶暴な魔物を見留めると、男はすぐさま臨戦態勢へと入る。
「ガウル、後始末は任せたよ」
ダンジョンマスターの一声で、ガウルは男へと襲いかかった。
凄まじい腕力で振り抜いた爪は、ガードした大剣に易々と罅をいれる。武器が砕けてしまっては、最早どうすることも叶わない。
俺があんなにも苦戦した男は、ガウルによっていとも簡単に食い殺された。
「君、弱いんだから無理しなくても良いのに。馬鹿だなあ」
地面に倒れ伏す俺に向かって差し伸べられた手を取る。
「妹が危ない目に遭ってるのに黙って見てろって方がおかしいだろ」
「だからって無闇に死なれたら私が困るんだ。君の妹も、お兄ちゃんが死んだら悲しむだろうねえ」
「……」
それを言われてしまったら反論出来ない。
黙り込む俺を余所に、ダンジョンマスターは何やら周囲をきょろきょろと見回し始めた。
「何してるんだ?」
「今いるこの森の一部とダンジョンを繋げる。と言っても、空間を切り取る訳ではないから認識阻害の魔法を組み込む必要があるのだけど、やるからには居心地の良い場所を提供したいと思ってね。見たところ、近くに池もあるしここで良いかな」
下見が終わると、ダンジョンマスターは作業に入った。
それと入れ替わりで、大剣男を始末し終えたガウルが戻ってきた。
「無様だな。ボスの命令がなければ捨て置くところだ」
「俺が弱いのは分かっている。弱ければミルを護れない」
「……それを理解しているのならもう何も言うまい。せいぜい、ボスの手は煩わせんようにな」
ガウルは俺に釘を刺すと、ダンジョンマスターの元へ行った。
言外に何を言おうとしていたかは分かる。
俺がどれだけ頑張ったところで簡単に実力差は埋まらないし、俺が弱い事実は変わらない。弱ければ、大事なものさえ護れないんだ。
落ち込む俺を元気づけるように、ミルの鳴き声が聞こえてきた。
慌てて近寄ると、さっきのような甘えた声を出す。
「ミル、ごめんな。心配掛けただろ」
「ギュウゥ」
「ミルを護れるように、お兄ちゃん頑張るから」
優しく撫でた俺の手を、ミルが舐めてくれた。
まだ体調も戻っていないだろうに励ますような仕草に胸が詰まる。
もう二度とこんな思いをさせてはいけない。
そのためには、俺が強くなるしかないんだ。




