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一難去ってまた一難

 

 変わり果てた眼前の光景に驚いていると、ドラゴンの巨躯がゆっくりと地に伏した。


「ミル!」


 慌てて駆け寄って近づくと、静かに開いた瞳が俺を見据える。

 敵意は感じない。多少戸惑っているように思うが、原因はなんとなく分かる。顔を隠している仮面のせいだ。


「これじゃあ分かんないよな」


 仮面を外して顔を見せると、驚いたようにミルは瞬きした。先ほどまで虚ろだった瞳は輝きを取り戻したみたいにキラキラと光って見える。

 どうやら今回はちゃんと俺だと認識出来ているみたいだ。

 それに安堵していると、俺をじっと見つめていた瞳から、ぽろぽろと涙が溢れてきた。


「なっ、……え!? ミ、ミル?」


 どうしよう。それ以外思い浮かばない。

 ミルが泣いたのなんて、両親に見捨てられたあの時以来だ。


 そりゃあ、泣きたくもなる。

 いきなりこんな事態になって、頼れる人間も傍に居ない。それに加えて野蛮人どもが襲ってくるんだ。まだ7歳の子供には過酷すぎるほど、残酷だ。


「ミル、お兄ちゃんのことわかるか?」

「ギュイィ」


 返事をするようにミルは鳴き声を上げた。

 意思の疎通は出来るみたいだ。ミルがなんと言っているのかまでは分からないが、俺の言葉はちゃんと伝わっているらしい。


「独りにしてごめんな。怖かっただろ……もう大丈夫。お兄ちゃんがついてるからな」


 優しく撫でると、気持ち良さそうに目を細める。深く息を吐き出して、すっかりリラックスしたミルの様子に安堵が胸の奥から込み上げてきた。


 こんな姿になっても俺の妹は最高にかわいい。こればかりは、疑いようのない事実だ。

 だから、危害を加えようとする輩はこの場所から排除しなければならない。



 遠くから聞こえてくる足音に、外していた仮面を嵌め直す。


 姿を現わした侵入者の数は二人。どちらも力自慢の前衛、戦士職という珍しい編成だ。

 よほど腕に覚えがあるのだろう。ドラゴン退治にそんな人数で来るなんて自殺行為も良いところだ。

 見たところどちらも重装備で、片方は重装に分厚い大剣。もうひとりは大盾に両手剣。重量過多で動くのも難儀しそうだが、それでも足取りに目立った点はない。相当な手練れなのだろう。


「それ以上近づくな」


 剣を抜いて声高に威嚇すると、訝しげにしながらも彼らは足を止めた。


「なんだ、お前」


 俺の姿を見留めて、目の前の男たちは警戒を強める。

 いかにもな不審人物が、凶暴なドラゴンを庇うような素振りをしているのだから当然だ。


「俺らの獲物、横取りするつもりか?」

「……だったらなんだ」

「ドラゴン退治の前にお前から相手してやるよ!」


 無造作に接近してきた大剣男の重い一撃を躱す。大剣の一振りは地面をごっそり抉っていった。直撃は言わずもがな、擦っただけでも無事でいられる保証はない。

 重い武器を振り回せる筋力もそうだが、それを扱っても武器に振り回されていない。相当な場数を踏んでいる実力者のようだ。


 対して、盾を構えた男はこの状況を静観するつもりみたいだ。

 というよりも、それほど俺には興味が無いのか。

 俺にも、騒ぎ立てる大剣男にも目を暮れず、俺の背後にいるミルをじっと眺めている。


 何を考えているのか分からないのは不気味だが、手を出してこないのはありがたい。一対一なら、なんとかなる。


 ちらりと後ろに意識を向けると、ぐったりと頭を下げたままのミルが見えた。


 思えば、先ほどから調子が悪そうだった。

 俺が来る前にも冒険者が来ていたのだろう。そいつらの相手をしすぎて魔素が枯渇しているのかもしれない。

 魔法を使用するには元になる魔素が必要だ。多すぎるのも身体に毒となるが、少なすぎても同じこと。

 よく魔術師などがこの状態になる。いわゆる魔素切れというもので、虚脱状態に陥る。

 どうやら今のミルはその状態らしい。


 辛そうな様子に、傍に居てやりたいが無理だ。

 俺が相対している男、まったく隙が無い。

 大振りな剣戟を避けるのは容易い。大剣を振り上げた直後は攻撃してくださいと言わんばかりだ。しかし、それを頑丈な重装が邪魔をする。斬撃では鎧に傷を付けるのが精一杯だ。


 こうした防御極振りの相手にこそ魔法が有効打になるのだが、惜しむらく。俺は魔法が使えない。

 このまま剣を交えていても、こちらのスタミナ切れで勝負はついてしまう。



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