騎士の誓い
フォルオは後ろを振り返らずに馬車へと駆け寄る。
先ほどこじ開けられた扉の奥には半魔の子供が怯えながらも顔を出していた。
息を切らしながら、それでも努めて優しく声を掛ける。
「もう大丈夫」
笑いかけて、手を差し出す。
子供は少し戸惑いながら、それに手を伸ばした――
「ばかっ、やめろ!」
怯えたような声と共に、子供の手が遮られる。
馬車の奥から子供に寄り添うように出てきたのは、フォルオとさして歳も変わらないような半魔の青年だった。
身体のちょうど半分が、真っ白な体毛に覆われている。彼はそれをわずかに隠しながら、それでもフォルオに向かって罵声を浴びせた。
「ほっといてくれよ!」
「なっ、僕は皆を助けに」
「誰も頼んじゃいないだろ!」
明らかな拒絶の言葉に、フォルオの伸ばした手は空を切る。
――どうしてこんなことを言うんだ。
怯えた目に拒絶の色。
フォルオはこれと似たものを以前見ていた。
屋敷の地下で相対した半魔。彼も同じことを言っていた。
――絶望と憎悪。
それが心を壊して、生きることを諦めている。
あの時、どれだけ呼びかけても彼はフォルオの手を取らなかった。それと同じだと気付く。
それでも、放っておくことは出来ない。
「殺されるかもしれないんだ! そんなこと言ってる場合じゃ」
――背後からの殺気。
瞬時に振り向いて、鋭い剣筋を捌く。
打ち付けられた刀身の向こう、こちらを睨む眼光は闇夜に煌めいていた。けれど、その瞳の奥には並々ならぬ意志を感じる。
「よく防いだな」
「っ、ジェフはどうしたんですか」
「他人より自分の心配をしろ」
言葉と同時に、剣先が視界から消えた。
拮抗していた刀身が下げられたと同時に、次の瞬間には右から迫ってくる。
反応が遅れる。けれどなんとか防御に成功し、再び重い音が響く。けれど衝撃だけは殺せずに、背中が馬車の壁面へと叩きつけられた。
「はっ、……どうして、こんなことをするんですか」
「意味はない」
「――っ、子供たちを殺そうとしておいて、意味はない!? ふざけるな!」
フォルオの怒号に、敵は一瞬動きを止めた。
まっすぐに彼を見つめる双眸が細められ、笑んだように肩が揺れる。
「ならば、止めてみるといい」
男は相対していたフォルオから視線を外すと、馬車の入口へ駆ける。
振り上げた剣は顔を覗かせていた子供の首筋へと――
「やめろ!」
間に割り込もうとしたフォルオの耳朶を、悲痛な叫び声が打つ。
男の凶刃に身体を裂かれたのは、先ほどフォルオに罵声を浴びせた青年だった。
「っ、なんで」
倒れた身体は動かずに血を流すだけだった。
けれどそれに足を止めるわけにはいかない。
身を挺して子供と男の間に入り込む。咄嗟の判断だった。剣も構えずに間に入るなんて、殺してくれと言っているようなものだ。
けれど今のフォルオには、そんなことを考えている余裕はなかった。
流れてしまった血。救えなかった命。
いつも口先だけ。何一つ、救えた試しがない。
だから、これ以上は――
「おにいちゃん」
小さな声が聞こえた。
震える手が、フォルオの外套を掴む。先ほど、手を差し伸べた子供の――
「わかりました」
応えるように、しっかりと声に出す。
――今はまだ、皆を救えない。
ならせめて、差し出された手は絶対に離せない。
「助けを求められたら、命を懸けて守るのが騎士の務めです」
安心させるように告げると、フォルオはまっすぐに男の目を見つめた。
決意の宿る眼差しに、それでも相手は目を逸らさない。
「貴方に決闘を申し込みます」
突然の宣言に、男の剣を握る手が僅かに動く。
「……決闘」
「騎士として、正々堂々。貴方が勝ったら僕は潔く身を引きます」
おかしな提案に、男は一瞬考え込む素振りをした。
フォルオとしてもこれは苦肉の策だ。よほど腕に自信がなければ受けない。そもそも、この決闘自体、相手が引き受ける意味がない。
「いいだろう」
けれど男は意外にも承諾した。
彼はフォルオの面前から退くと、距離を取る。
どうやら首の皮、一枚繋がったみたいだ。
フォルオは半魔の子の頭を撫でて、それから剣を手に男と対峙する。
「互いに刃を交え、立てなくなった方が負け……それで十分だ」
男の言に、フォルオは無言で頷いた。
お互いに手にした剣を構える。
フォルオは直後に、既視感を覚えた。
(あの構え……)
どうしてか、記憶に残っている。
型にはまったような、綺麗な剣筋。稽古をつけて貰っていた、父とは違う。それよりももっと美麗で筋が通っている。
「いくぞ」




