沈黙の殺戮者
「グゥッ――!」
背後からの強襲に、獣の半魔は呻く。しかし半魔ゆえか、身体は異常に頑丈らしく、倒れず絶命もしていない。
「っ、何者だ!」
すぐさま、隣に立っていた大角の半魔が応戦しようと蹄の腕を振り上げたが、それよりも早く襲撃者の片手が半魔の気道を塞ぐ。
自身の剣から手を離すと、獣の腰に差してあった短刀を引き抜き、大角の頭に突き刺した。
鮮やかな手際に、俺は息を呑んで見つめていた。
目の前で何が起こっているのか。すぐに理解出来なかったが、動けないまま状況を整理しようとしていたら、襲われた半魔の二人は叫び声を上げる間もなく地面に倒れていた。
「なっ、なんだ貴様は……!」
沈黙を裂くように、御者の男が声を張り上げる。
けれど外套とフードで身を隠しているその者は、一言も発さずそいつの首も跳ねてしまった。
夜の街道には馬の嘶きが響き、血の匂いが充満する。
敵対者をすべて排除した襲撃者は、そのまま血に濡れた剣を携えて馬車の扉を蹴破る。
中からは怯え切った半魔の子供たちが顔を覗かせていた。
月光の元、掲げた刃がためらいなく子供の首筋へ振り下ろされる――
「やめろっ!」
俺が動き出す前に、フォルオは茂みから飛び出していた。
鋭い声音には静かな怒気が滲んでいる。
突然の乱入に、襲撃者はフードの奥からフォルオを見つめた。
しかしそれも一瞬のことで、すぐに興味を失った双眸は半魔の子供を見据える。
――その瞬間、俺は奴の目的を知ってしまった。
「フォルオ! 止めろ!」
叫び声を上げて俺は茂みから飛び出す。それと同時に、フォルオは弾かれたように剣を抜くと襲撃者へと斬りかかった。
月夜の中、打ち付け合った刃が鈍い音を上げる。
我武者羅なフォルオの剣撃は、相手の足を後退させ馬車の入り口から遠ざけた。その合間に俺は敵の背後から近づいて左腕を振るう。
全力で振りぬいた拳は、生身で受ければ肉が千切れて骨がひしゃげる。しかし相手はフォルオの剣を防ぎながら、重い一撃を躱すと地面を蹴って距離を取る。
「ジェフ……」
「ああ。あいつ、かなりの腕だ」
先ほどのフォルオの猛攻を、奴は軽くいなしていた。
フォルオだって手を抜いたわけではない。俺と軽く稽古した時よりは剣速もあったし、的確に相手の虚を突く剣撃だった。
「でもここで引いたら皆殺しだ」
「僕が相手をします。ジェフは子供たちを――」
「いいや、俺がやる」
見たところ、相手は剣を使う。なら頑丈な俺の出番だ。
二人でかかった方が良いかもしれないが、敵が一人とも限らない。フォルオには子供たちの避難を頼んだ方が確実。
俺の提案にフォルオは頷いた。
直後――相手が動き出した。
その足取りはまっすぐに馬車へと向かう。俺は駆け出すと、その間に割って入る。
「アンタの相手は俺だ」
言葉もなく、フードの奥から鋭い眼光が刺す。
どこの誰かも分からない。どうしてこんなことをするのかも。けれど今はそんな些細なことなんて、考えちゃいられない。
「この先に行きたいなら、俺を殺してからだ」
挑発のような宣言。それに、今まで沈黙を保っていた相手が肩を震わせた。
「……言ってくれるな」
小さな呟きが聞こえるや否や、駆け出した影は一瞬のうちに俺の眼前まで迫っていた。
(は――っや!)
――左下からの斬り上げ。
剣筋は見える。けれど身体がその速さに追い付いて行かない。
なんとか左腕の外殻で防いだけれど、ありえないほどの衝撃に堪え切れなくなって、防いだ腕ごと弾き飛ばされる。
息をする暇もなく、返した剣の柄が俺のこめかみを狙う。咄嗟に竜鱗の右手で柄の一撃を留める。掴みこんだ瞬間、自分ごと凍らせる勢いで氷結魔法を最大威力で放つ。武器さえ封じてしまえば後は――
「ぐっ……!」
密着した状態から膝頭が俺の鳩尾を抉った。まるで内臓を抉られるような衝撃に、込めていた魔法も掴んでいた手も放してしまった。
(どうなってんだ、あれ)
おおよそ、生身の人間が繰り出せる力じゃない。
「っ、アンタ……半魔か?」
地面に膝を付きながら、俺はこちらを見下ろす相手に話しかけた。
けれど奴はそれに答えることなく剣を振り上げる。月光に煌めく鋼を見つめて、俺は重い一撃を左腕で受け止めた。
「呑気に喋っている暇はあるのか?」
嘲るように笑みを含んだ声音は、まだまだ余裕がある証拠だ。けれど、俺の役目は少しでも時間を稼ぐこと。フォルオが皆を連れて逃げるまで、ここで足止めすることだ。
「アンタの……っ、遊びに付き合っていられるくらいには、暇してるんだ」
俺の一言に、打ち付けられる剣撃が止まった。
こちらを見つめる眼差しはさらに鋭さを増した気がする。それを見つめ返して、相手の動向を伺っていると――突然、空の右手が俺の襟首を掴んだ。
「ならば、遊びは終わりだ」
最後に聞こえた声は、耳鳴りのように遠ざかっていった。
視界が急速に反転する。大地が遠ざかり、空が迫っている。
――放り投げられたのだと理解した時にはもう遅かった。




