命よりも大事なもの
この世界には亜獣化症という、不治の病が存在する。
この病に罹った者は徐々に身体が変形していく。獣のような牙や爪、鱗の皮膚に犯されていき、症状が進むにつれて正常な思考が出来なくなり凶暴性が増す。
ある日、目が覚めたら家族が理性のない獣だった、なんて話はたまに聞こえてくる。治療法も症状を遅らせる薬もない。発症してしまったら最期、いつかバケモノになる日を恐れて生きていかなければならない。
昔、学校でこの病気について習ったとき、可哀想だなと思った。それ以外の感想は抱かなかった。俺には関係のない事だったからだ。
一生、縁のないものだと思っていた。
――妹が、罹患者だと分かるまでは。
「ミル、腕見せて」
「うん」
俺は、寝ぼけ眼を擦りながら間の抜けた声で応える妹の腕を取って、巻いてあった包帯を外していく。そこには爬虫類のような鱗をした皮膚があった。
また少し、症状が悪化しているようだ。昨日よりも鱗皮の範囲が大きくなっている。
不安を顔に出さないで、包帯を巻き直すと衣服の袖で隠してやる。
「ミル、朝ご飯にしようか」
「ごはん!」
さっきまで寝ぼけていた様子はどこへやら。ミルは、勢いよく掛けてあった毛布を吹っ飛ばすとベッドから飛び降りて先にテーブルに着く。
苦笑しながら俺も後に続いて寝室を出ると、温めてあったスープとパンを並べて席に着いた。
「おにいちゃん、今日もおしごとで遅くなるの?」
「……うん。いつも寂しい思いさせてごめんな」
優しく頭を撫でてやると、ミルは嬉しそうに笑って、それから首を横に振った。
本当は、まだ甘えていたい盛りの筈だ。無理をさせていることは分かっている。本当なら、俺が付いていなきゃいけない。ミルは7歳になったばかりだ。まだ幼い妹を残して家を出るなんて事はしたくなかった。けれど、そんなことを言っている余裕はないんだ。
ミルが亜獣化症を発症したのは2年前。
俺は当時、17歳で学校に通えるほどに裕福な家庭の子供だった。父は資産家、母はとても美しい人で念願だった女の子が産まれて、溺愛していた。
何も不自由のない生活。それがある時を境に一変した。
ミルが亜獣化症を発症したのだ。
自分たちの娘が罹患者だと知った途端、あいつらは簡単にミルを切り捨てた。
父は、バケモノはいらない、この家から出て行けと、強引に外に放り出して。あんなに溺愛していた母は、汚らわしい、近づくなと叫び散らして。
俺がその現場を目撃したのはちょうど、学校から帰ってきた頃だった。
家の庭に放り出されて泣きじゃくるミルに、理解が追いつかなかった。どうしてこんなことになっているのかも。両親の、あの冷酷な態度も。
なにより、可愛い妹が目を腫らして泣きながら俺に縋ってくる。
ミルはまだ幼い。どうして自分がこんな目に遭っているのか。わからなくて当然だ。昨日まで確かに愛されていたのに、一瞬でいらない子になる。この先、誰にも愛されずにバケモノだと蔑まれて生きていくのか。そんなものは、到底許される事ではない。
その日から俺たちはふたりで生きていくと決めた。妹を庇うならお前も勘当だと言われたが、上等だと思った。あんなろくでなしの親の元で暮らすくらいなら、喜んで出て行ってやる。
そうして、ミルとふたりで暮らし初めて2年が経った。人目を避けて、町外れのボロ小屋をリフォームして居住している。生活は決して楽ではないが、不自由はしていない。
「俺は、何があってもミルの味方だから」
「……ミルのこと、捨てたりしない? もういらないってならない?」
「俺はミルの為に生きるって決めたんだ。頼まれたってそんなことしないよ」
ミルは俺にとって生きる理由だ。大変な事も多いけど、この子が笑っていてくれるならなんだって出来る。どんなことだってやってみせる。絶対に不幸にはさせない。
そうして俺は、今日もダンジョンに足を踏み入れる。
展開は遅いと思いますが、丁寧に書いていくのでよろしくお願いします。
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