スパイス・ライジング
受注生産、もう一話書きたい欲が凄いが本編に戻らないと欲も凄い
ぢゅぼぼぼぼ、と随分と味の薄くなったコーラがストローで吸い上げられる。
顔の造形を随分と違ったものに見せる黒縁の眼鏡の奥、厳しい眼差しが見据えるのは携帯端末からアクセスしたとあるゲームの公式サイトだ。
「シャングリラ・フロンティア……シャンフロ………むぐぐぐ」
口に放り込んだフライドポテトの、情けないほどにしんなりした柔らかさはどれだけの時間を携帯端末とのにらめっこに費やしているのかを如実に表している。
とはいえ女はしなびたフライドポテトも当然好きである、無論揚げたてのフライドポテトこそが至高であることは言うまでもないが、揚げたてとは違う筋張った肉を一瞬思わせる歯応えと麺類のような柔らかさが絶妙に共存したふにゃけたフライドポテトもまたジャンクフードという大衆に迎合した健康ではなく食い道楽という娯楽の面から見た味覚への研鑽の果てに生まれたフライドポテト、ああフライドポテト………
「………なんでこんな二択の選択にこんな時間かけてるのよ私」
ぐにぐにとしなびたフライドポテトを手で玩びながら女……夏目 恵はため息をついた。
事の発端は、欧米よりやってきたあの女だ。
一体どんな手を使ったのか、魚臣 慧……恵が今現在知る限りでも「日本最強」と言っても過言ではない男の住むマンションの隣室に引っ越してきた「世界最強」の女……シルヴィア・ゴールドバーグ。
これまでに稼いだ莫大なファイトマネーと、負けたら長期休暇というとんでもない契約故のバカンスをハワイでもヴェネチアでもパリでもない、ここ日本で過ごしているかのプロゲーマーは事あるごとに慧との「日常」を電話してくる。
何だかんだ悪意はないし格ゲーのプライベートマッチ組手に恵や爆薬分隊に所属する他の面子を誘ってくることもあるので恵としてはありがたいような羨ましいような複雑な心境なのだが…………問題は、格ゲーとは別にシルヴィアの口から高確率で出てくるゲームの名前であった。
「まぁ、そりゃあちょっとだけやった事くらいはあるけど……」
シャングリラ・フロンティア。このゲームを知らないプロゲーマーは流石にモグリだろう、それ程までにゲーム史に燦然と輝くトップタイトル。
日本国内でしかリリースしていないという、曲がりなりにもゲームという文化に関わる恵としては信じられない閉鎖性で運営されているこのゲームはかのシルヴィア・ゴールドバーグをして熱中させるだけの魅力があったらしい。
ではなぜ恵はシャンフロを半ば積みゲーとしているのか。それは他でもない、恵自身がシャンフロから意図的に遠ざかっていたからだ。
「寄り道してる暇なんてない、って思うんだけどなぁ……」
魚臣 慧は日本最高峰の格闘ゲームのプロである。即ち、爆薬分隊とは日本最高峰の格闘ゲームのプロチームである。
爆薬分隊のメンバーは仲良しこよしで結成されたわけではない、確かな実力と才能の一言で片付けさせないだけの努力によって作られたチームなのだ。
だからこそ、言ってしまえば慧の下位互換でしかない自分がこれからもプロゲーマーのステージで戦っていくのならば、他のゲームにうつつを抜かしていていいはずがない………恵はその考えのもと、今まで戦ってきたのだ……そう、今までは。
日本最強の格ゲーマーは誰か? 誰もが口を揃えて魚臣 慧の名を挙げるだろう。
世界最強の格ゲーマーは誰か? 誰もが口を揃えてシルヴィア・ゴールドバーグの名を挙げるだろう。
では今世界で最もセンセーショナルな格ゲーマーは誰か? きっと誰もが口を揃えて同じ名前を挙げるだろう……流星にあと一歩まで迫り、猛禽を地に叩き落とした南瓜の凶星の名前を。
慧のプライベートな友人であるらしい顔隠しは慧曰く、自分とも、あるいはシルヴィアとも異なる主義を掲げているのだという。
───ひとつのゲームに身魂を捧げるのではなく。
数多のゲームの中にあるほんの一欠片の「実用性」を集めて束ね、一つの大きな力として使い熟すこと。
魚臣 慧の莫大な積み重ねによる経験則とは似て非なる悪食と言えるほどに積み上げたクリア済みのゲームの山こそが己の力なのだと高らかに謳うその在り方は、顔隠しを「なんかやばい人(年下!?)」という目で見ている恵にも少なくない影響を及ぼしていた。
「慧は木の棒の使い方、とか例えてたっけ……」
窮地に陥った時に木の棒を武器として使うのが自分で、木の棒を自信満々に地面に突き刺して地割れが起きるのを狙うのがあのアホなのだ。
そんな全く理解できない例え話をされた時は少なからず色のある好意を向けている相手とはいえ何言ってんだこいつ……と思ったものだが、今改めて考えてみれば、その言葉の意味が分かる気がした。
つまり、顔隠しは知っているのだ。木の棒を地面に突き刺して地割れが起きる光景を……そしてそれが今いる世界でも起きるかもしれない可能性を。
そこまで思い至った上でやっぱり慧の例えが下手なだけじゃないの、と拳を震わせる恵であったが例えの下手さは別として言いたいことは理解できた。
アクションゲーから始まりギャルゲー(!?)すらをも己の糧とする顔隠しのスタイルに迎合するわけではないが、システム的に上位互換……もとい、大元たるシャンフロをプレイする事でギャラクシア・ヒーローズ:カオスへの経験値とすることは至極自然なことと言えるだろう。
そう、別にプライベートでも慧と遊びたいとかそういう下心が主体ではないのだ……決して!!
「そう、そうよ私……これは必要なこと、必要なこと……」
そう思い立ってみれば行動は驚くほどに早い。直ぐに帰宅してVRマシンを使うべくフライドポテトをテイクアウトし、データを集めて対策を練る自身のプレイスタイルらしく攻略ウィキを開いて……開いて、開い………
「重っ」
最新機種最速回線であるはずの恵の携帯端末をして、しばらくロードが止まる程の情報量に思わず呟きながらも恵は駆け出すのだった………
……
…………
………………
ガラムマサラ重蔵は無い、何故こんな名前をつけた過去の夏目 恵。
というわけでチュートリアルくらいしか終わらせていないデータを削除し、新たなデータを新規で作った恵改めガラムマサラ重蔵改めペッパー・カルダモンは降り立った最初の街ファステイアから迷う事なく前に進もうとした……のだが。
「何これ」
右を見た、ハシビロコウがいた。
左を見た、ハシビロコウがいた。
前を見た、ハシビロコウ馬馬ハシビロコウ馬馬馬馬馬ハシビロコウハシビロコウ……
一体いつからシャンフロは奇天烈マスカレードになったのか? もしや何か自分の知らない隠し効果でもあったのだろうか?
心のモヤモヤをねじ伏せて作った金髪美人のアバターで以前サービス開始直後にログインした時と未だ変わりない混雑を掻き分けながら恵……ペッパーは「跳梁跋扈の森」へと足を踏み入れた。
「とりあえずソロでサードレマまで行くために物理戦闘職にしたけど、ジョブは何にしようかしら」
安易に戦闘職にしてもいいかもしれないが恐らく慧やシルヴィアはほぼ確実に戦闘職であるため、ここはあえて別の職業について自分というプレイヤー性能の唯一性を高めるべきではないのか、とも思う。
そんなことを考えながら歩いていると、ペッパーの新たな一歩を最初に遮るモンスターが現れた。
「あら?」
下調べした情報ではこのエリアに出現するツノ兎ことアルミラージは額から一本のツノを生やした兎であったはずだし、もう一種の兎……何やらやたらと記事が充実していたヴォーパルバニーはツノ自体生えていなかったはずだが。
しかしながらペッパーの前に現れたそれは、見間違いでなければ一本ツノではなく兎特有の長い耳の付け根辺りから二本の鹿のようなツノが生えているように見える。
こちらへと敵意を見せている以上、エネミーであることは間違いないようだが……その足元から明らかに以上な速度で萌芽し成長する植物と、そこから煙のように噴き出し広がっていく霧はそれが初心者用の初期エリアには似つかわしくない何かであるということを如実に示している。
「……何かレアでも引いたかしら、初期装備なんだけど」
そうぼやきながらも、長剣を構える姿は初心者のそれではない。格闘ゲームとは何も全て徒手空拳で戦うわけではなく、彼女がプレイしてきたゲームの中には剣を主武器とする持ちキャラもいる。
─── そのモンスターがエクゾーディナリーモンスター「アルミラージ"霧幻萌妖"」である事をペッパー知るのはもう少し先のこと。
そして会話のタネとしてそれを聞かされた慧がとてもとても悲しい目で沈黙するのも、もう少し先の事である。
サンラクの噂がねじ曲がって伝わっていった結果、いつの間にか「顔を覆面で隠して人だと分からないようにすればヴォーパルバニーに小数点以下の確率でフラグが立つ」という噂が流れた結果
なおヴォーパルバニー達はいきなり増えた変な人間に首を傾げつつ包丁をフルスイングした
アルミラージ"霧幻萌妖"
跳梁跋扈の森に出現するエクゾーディナリーモンスター、まさかの本編登場予定の強者達を差し置いての番外編登場である。
見た目は鹿の角が生えた兎、決闘者なら言わなくても分かるアレ
設定的にはマナの結晶体が角として額から生えたアルミラージの突然変異であり、前頭葉辺りからから生えるが故に凶暴性の増した(逆に言えばそれだけ)の通常種とは異なり、大脳付近から二本生えているこの個体は通常のアルミラージとは比較にならない性能と知能を兼ね備えている
最大の特徴は自身の脚部に共生させている菌類を角の魔力で喚起する事で特殊な植物を萌芽させ、噴出した胞子の霧を使う事で敵を惑わす特殊行動である。
尤も、角が弱点と非常に分かりやすいことと、肝心の攻撃手段が殆どアルミラージと変わらないため優れたプレイヤースキルと武器の損耗とDPSとの調整が上手いプレイヤーなら頑張れば勝てる。夏目ちゃんはツノをへし折った後に「これは慧には説明できないなぁ」とか考えながら締め上げて倒した
報酬スキルは「霧幻萌踊」
めっちゃ簡単に言うとフラフラダンス




