その時何があったのか:A面
可能であれば次の「その時何があったのか:B面」と並べて読んでいただけますとより楽しめると思います。
スマホからだとちょっと難しいですが……
[1]
薫る硝煙に、今やちょっとした贅沢となった煙草で慣らされた筈の男の身体が拒否反応を起こしてむせる。
「あぁ、クソッタレめ……散々だ」
[2]
男は一人、残骸と瓦礫の山の上でむせながらも煙草を取り出す。
どうやらライターはどこかに落としてしまったらしい、眉をひそめて舌打ちをするも近くで未だ燻る火災の残滓を見つけた男は血で湿った身体を引きずるように動かしながら近づき、へたれた煙草に火を点ける。
「っふぅーーー………」
硝煙とモノが焼ける臭いに満ちていた肺に煙草の煙が押し込まれ、男は慢性的に身体を蝕んでいた不快感を放逐出来たことにようやく肩の力を抜く。
[3]
「っとと、と……今更こいつが役に立つかは分からねぇが、無いよりはマシ、か」
立ち上がって初めてわかる、血で所々が赤黒く染まっているとは言え、元は迷彩柄であったのだろう上下一式。
上顎の内側から脳天を撃ち抜かれ恐らく絶命しているであろう「それ」の口から銃剣付きのライフルを引き抜いた男は、しばらく銃を触り感触を確かめていたが、問題ないと判断して銃を構えながら歩き出した。
[4]
「合流地点は……チッ、遠いな」
ピコン、ピコンと三つの光点が表示されたデバイスを懐にしまった男は煙草の煙を獣の尾のように流しながら歩き始めた。
根元がへし折れ倒壊したタワー、明らかに設計してできたものではないビルの大穴。道路は獣道の方が幾分か上等なほどにひび割れ、それらの惨状に混じって「それ」の骸がちらほらと己の死を晒していた。
「それ」をなんと呼称すれば良いだろうか。形状としては獅子や狼に似ている、だがその表面はプラスチックのようにつるりとした外殻で覆われている。
そして哺乳類であるなら二つの目がある筈の場所には、まるで目隠しをした後にナイフで目隠しした部分をズタズタに切り裂いたような……おおよそ生物としての常識とはかけ離れた獣らしき何か。
[5]
「D2班はどこへ行っちまったんだ……?」
時折物理法則に従い崩れる瓦礫の山に過敏な程に反応しながら、男は前へ前へと進んでいく。
獣もどきの死体と、瓦礫と、炎。代わり映えのしない変わり果てた景色を男は一歩ずつ着実に、それでいながら最大限の警戒を伴って進む。
そして男はついにそこへと到達した。
「訪問者の災痕、か……」
[6]
それは最早残骸という言葉すら生ぬるい。天よりの大質量は大地を穿ち、円形に広がった衝撃は全てを掃き捨ててしまった。
それはまさしく「滅び」の具現、男が立ったクレーターの縁から広がる景色は……巨大な「三角柱」が突き立ったその光景は、情報としてそれを理解し承知していた男ですらある種の恐怖を、畏怖を感じさせるものであった。
ガシャンッ
「っ……!?」
「ヴォロロロロッ!!」
[7]
物理的な理屈による音ではない、明らかに男以外の何かによって押しのけられた瓦礫が地面を叩く音に男は銃を構えて振り返る。
次の瞬間、男は背後から飛びかかってきた獣もどきによって勢いよく押し倒された。
「クソが……っ! このっ、死に損ないがよぉ!」
顔の半分と背中の三分の二が抉れた獣もどきは正常とは言い難い。だからこそ、抹茶色の体液を撒き散らしながら男に五割しかない牙を突き立てんとする獣もどきからは悍しいまでの殺意が放たれていた。
「離れろ……っ! このっ、化け物がぁ!!」
人類の叡智が火を噴く。至近距離から放たれたフルオートの銃撃は獣もどきのひび割れた胸部を叩き、火花と共に獣もどきが飛び退く。
[8]
「クソッタレがぁ……好き勝手に、爪立てて、くれやがって……!」
一旦飛び退いた獣もどきであったが、生物とはかけ離れたその顔から感情を伺うことはできない。だが全身にみちみちと力を込め、体勢低く唸る様子は言葉や表情以上にその感情を男に伝えていた。
「頭の、弱点は……露出こそしてるが、砕けてねぇ……通りで、死に損なってるわけだ」
機銃の掃射でも受けたのか、歪に吹き飛んだ顔半分から露出する一見すれば宝石のようにも見える球体。
言葉はなくとも、獣もどきはそれがある限り力尽きることはない。たとえ頭ごと顔の半分を失ったとしても、だ。
男はのしかかられた際に顔に撒き散らされた抹茶色の体液を乱雑に拭う。袖に付着した血と混ざり合ったそれはドブよりも濁った色に変色するが、それに顔をしかめる暇はない。
[9]
ジリジリと、獣もどきと男は間合いを取る。武装せども生物としては貧弱な部類の人間と、強靭な肉体を持てども半死半生の獣もどき。
全く異なる常識を、法則を、知性を持つ人と獣もどきは果たして同じ結論に至っていた。
「っ!」
「ヴォロァ!」
すなわち短期決戦、自分が限界を迎える前に相手を仕留める。
体液をこぼしながらも横に跳んだ獣もどきのいた場所を銃弾が食い荒らす。舌打ちと共に男は銃口を傾けて再び発砲。
獣もどきは常に動き回りながら決定打を叩き込む瞬間を静かに、だが確実に狙っていた。
そして、カチンと虚しい音が響く。
[10]
「クソッ!!」
弾切れ。この世に無限の存在はあらず、しかして一番最初に限界を迎えたのは人でも獣もどきでもなく、弾丸を吐き出し切ったライフルであった。
そして、その一瞬こそが獣もどきにとっての千載一遇、限界まで蓄積されたエネルギーが解き放たれる。
開かれる半分の顎門、ただ己の存在理由に従い獣もどきは眼前の「それ」を砕……けた
[11]
『識別番号V8-2、操り手「ジェームズ・マックミラー」……集合座標への到着が遅れています、五分の遅刻です』
獣もどきが抱いた勝利の確信は、上空から飛来した巨大なハイヒールの踵によって、粉微塵に踏み潰された。
[12]
それはあまりにも巨大な鋼の巨人、だがそれは無骨で愚鈍な岩のようなものではない。
それはさながら天女の如き優美さと、戦うための洗練が施された人形の如き美しさを持っていた。
所々が焼け焦げ、元々あったのだろう武装の幾つかを紛失してはいるが、その白銀は汚れているが故に美しさを際立たせている。
[13]
そして、明らかに生物でないはずのそれは、確たる意思を伴った視線をただのナイフ付きの金属塊と化したライフルを構える男へと向ける。
その視線に応えるように男はライフルを放り捨てると、加えっぱなしだった煙草を吐き捨てて白銀の淑女へと向き直った。
「こちとらてめーと違って徒歩なんだよ、察しやがれポンコツ」
『訂正を要求します。私はネフィリム・カンパニー第三支社「キョクトウ」所属、アイデンティティタイプネフィリム「アージェント・エージェント」です』
[14]
「俺は十文字以上の名前の奴は全員ポンコツって呼ぶ主義なんだ」
[15]
『成る程、参考にさせていただきます……操り手「ポンコツ」。』
[16]
鈴を転がすような高さと無機質さが同居した女性の声が返した毒にしばしの沈黙。先に手を上げたのは男……ジェームズであった。
[17]
「参った、今のはお前が一歩上手だった」
『私のアイデンティティは日々進化しています、今の私のスペックをフル活用すれば喜劇王として歴史に名前を刻むことすら可能でしょう』
「……参ったな、今のはちょっと本気で面白かった」
[18]
そんな戯れ言も男と、巨人の間では日常と化したコミュニケーション。
白銀の巨人は膝をつき、君主を迎え入れるようにサイズ相応の手を差し出す。
男は巨人の掌に乗り、持ち上げられる。
[19]
「アージェ、索敵の結果は?」
『近辺2キロメートル内を精査しましたが反応はありませんでした。推測される可能性としては、座標ビーコンが完全破壊されるほどのダメージを受けた。もしくは……』
[20]
「……「傀儡隠し」か」
[21]
『D2班に配属されたネフィリムはいずれもノンアイデンティティタイプ・ネフィリムです。可能性は高いかと』
男の身体が光となる。肉体の枷を外したジェームズはアージェ……白銀の巨人へと吸い込まれ、その全てが吸い込まれると同時に巨人の目が青から赤へと変わる。
[22]
「これ以上奴らと戯れていてもサービス残業にもなりゃしねぇ、帰投するぞ」
『異議はありません、ボディの洗浄を要求します』
「武器の補填で報酬が天引きされるから洗剤はワンランクグレードを下げるからな」
『───。私は、激しく、文句を申し立てます』
「却下だ」
[23]
人と、巨人と、来訪者と。
争乱の果てに新たなる混迷へと突入した世界であっても、青空は変わらぬ広さで空を翔ける白銀の巨人を受け入れる。
[24]
暗転。
炎が影を焼き払うように走り、文字を浮かび上がらせる。
『VISITORS CRISIS』
[25]
さらに炎が走り、この瞬間まで隠されてきた真の名を明かす。
『Nephilim Hollow 2』
[26]
『Early next Fall.』
[27]




