第58話:そして待ち合わせ
約束の土曜日
おれは朝6時に目が覚めた。
待ち合わせの時刻は10時。
アパートを出て電車に乗り大体30分程度で着くが待ち合わせ時間の30分前には到着しておきたいので9時にここを出ることにした。
緊張…するな。
そもそも陰キャのおれがネット越しで通話してきたとはいえ初対面の女子と上手く話すことができるのだろうか。
中学・高校時代で会話をした女子の人数なんてたったの…たったの……まあそんなのはどうでもいい。
mmとは話しやすい、そして話していて明るい気分になる。
もちろんまりさんと話していても楽しいんだけどまた何か違うようなものがある。
何が違うのかと問われると回答に戸惑うがmmとの会話にはほかには無い何かを感じる。
…ちゃんと会話できるよな、おれ。
鏡の中で情けない顔をする自分に何度も言い聞かせた。
一昨日莉未に選んでもらった服を着て昨日切った髪を美容師さんのアドバイス通りにセットした。
よし、準備完了。
そろそろいい時間かなと、時計に目を移すと時刻はまだ7時だった。
…なんか余裕過ぎるな。
時間を間違えているのではないかと心配になったおれはスマホの時計も確認したがやはりまだ7時だった。
ここを出るまであと2時間か…流石にあっちで2時間半も待つのはきついしな。
暇つぶしに漫画でも読もう、と本棚に手を伸ばした時PCを見て、ふと思った。
配信…でもしてみるか。
ゲーム実況を始めてから4年間、早朝から配信などしたことはなかったが誰かしらは来てくれるだろうと思いPCを起動し配信の準備をし、早速始めた。
===ロキ生配信===
「おはようございまーす」
―――チャット欄 ―――
『!?』
『え?』
『おはよー』
『なんで!?いま?』
―――チャット欄 ―――
(予想通りのコメント、思っていたより視聴者が来てくれて嬉しいな)
「これから用事あるんですけど少し時間あるので始めてみました」
―――チャット欄 ―――
『用事?』
『旅行?』
『大学で補修でもあるの?』
『デートじゃね』
―――チャット欄 ―――
(デート…ではない、だって前にストレートに言われたからなぁ。『ゲーム友達としてしか見ていない』って)
「まあまあそんな感じですね。あの、聞きたいことあるんですけど、みんなは緊張してる時はどうしてる?」
―――チャット欄 ―――
『人って文字を足の甲に書いてだな…』
『大声出してる』
『かるーくジョギングしたり』
『スマ〇ラしてれば忘れる』
―――チャット欄 ―――
「なるほど…人それぞれって感じだね。その中から選ぶとなると、おれの場合はゲームかな」
―――チャット欄 ―――
『じゃあなんかやろ』
『スマ〇ラ』
『モン〇ンは?』
『のんびりマイ○ラやったらどう?』
―――チャット欄 ―――
「うーん、やっぱスマ〇ラやりますか!」
―――チャット欄 ―――
『よっしゃ』
『はよー』
『てか最近ロキのマ〇ス強いよなー』
『俺この前それに負けた』
―――チャット欄 ―――
「よーし、早速部屋用意するんで来てくださいねー」
―――― おれは視聴者と幾千の闘いを繰り広げた。
「うわー、やっぱおれの負け越しか…」
―――チャット欄 ―――
『朝なのに強者多過ぎ』
『いやロキもよくやってたよ』
―――チャット欄 ―――
「でも悔しいなー!」
―――チャット欄 ―――
『また今度やろうよ』
『あれ、そういえば時間大丈夫なん?知らんけど』
『スマ〇ラは時間忘れるからなー』
―――チャット欄 ―――
(時間?…時間…じか…じ…あああぁぁあぁあああぁぁぁあ!)
PCの右下に9:40という恐ろしい数字が書かれていた。
「やばい!!!ごめんなさい!じゃあまた!」
―――チャット欄 ―――
『遅刻か』
『はっしれ~~~』
『おつ(意味深)』
―――チャット欄 ―――
===ロキ配信終===
配信を始めた時間が7時ちょっと過ぎ、おれ2時間半もゲームしてたのかよ!
待ち合わせの時刻は10時、9時に出て9時半に着いて先に待ってる予定だったのに。
今出たとしても10時にすら間に合わないアパートを9時45分に出たとして着くのは10時15分頃。
電車の発車時刻によってはもっと遅れることも。
……最悪だ。
でも落ち着けよ、落ち着け、とりあえずmmに連絡しよう。
―――― SNS【mm】――――
『おはよう』
『あ、おはよロキ』
『あのさ、申し訳ないんですけど…ちょっと遅れます…』
―――― SNS【mm】――――
初対面で遅刻だなんてありえねえよ…。
―――― SNS【mm】――――
『知ってるよー笑』
―――― SNS【mm】――――
え!?どういうことだ?おれが遅刻魔だなんて言ったことあったか?
―――― SNS【mm】――――
『どういうこと?なんで知ってるの?』
『だってさっきまで配信してたもん』
―――― SNS【mm】――――
み…見られてたか…。
―――― SNS【mm】――――
『ほんとごめんなさい!!すぐ行くから!!』
『え、大丈夫だよ。事故に合われたら嫌だもん』
『じゃあ事故に合わない程度に急ぎます!』
―――― SNS【mm】――――
返事を返しスマホをポケットに入れ、おれは駅へ走った。
電車に乗り腕時計を見る。9時55分。
まずいな…これじゃ着くのは10時25分じゃないか。
どんな顔して改札出ればいいんだよ…。
電車を降り改札を出て正面の壁際で待ち合わせしようと言ったのはおれだ。
mmは顔面蒼白になったおれのひどい顔を見ることになるだろう。
車内で揺られながらオロオロとしていると一つの駅に停まった。
ここは、莉未のアパートの最寄り駅か。
…よくここで莉未が乗ってきて一緒に街に行ってたっけ。
おれは何故か自然と焦りが落ち着き椅子に座った。
…着いたら死ぬほど謝ろう。
電車が止まり扉が開くと同時におれは車外へ出た。
今朝セットした髪もグチャグチャだろう。
階段を駆け上がりまっすぐ走り改札に着いた。
はあ、はあ、はあ……着いた。
やっと着いた。着いた、という気持ちもあるのだが着いてしまった、という気持ちも隠れていた。
初めての顔合わせなのに遅刻してきたやつを気持ちよく迎えいれてくれる人などいないと思っているからだ。
mmはもう30分近く待ってるはず。
おれは改札を出て正面突き当りの壁面に向かった。
結構人いるな…。
友達を待っているのだろうか恋人を待っているのだろうか、そこには高校生くらいから30歳前後の人達がスマホを見ながら壁にもたれ立っている。
っと、そんなことよりmmはどこだ?
この中に彼女はいるはずだよな…。
スマホで連絡を取らないとお互い見つけることができないのだがテンパっていてその頭がなかった。
人混みの中を見渡していると見覚えのある黒く長い髪の女の人の姿が目に付いた。
ん?あれって…。
すみません、すみません、と人混みをかきわけなんとかそこへたどり着いた。
「り、莉未…?」
「……え?……嬌太郎?」
―――― 二人の視線が交わると自然と時が止まり周りの声が止んだようだった。




