第39話:本名で呼ぶなよ?
FPSといえば今ではVALO〇ANTが主流のようだが、AP○Xを真っ先に思い浮かべる人も多いだろう。
AP○Xでおれがメインで使用するキャラはオクトン。
興奮剤を打つことで速く移動することが可能になるため、危機迫る状況において我先に逃げる。
もちろん視聴者にはいつも叩かれているが下手なので仕方ないと自分に言い聞かせている。
このゲームにおいておれは間違いなく実況者失格であろう。
21時までまだ1時間ある。
mmとの練習の前に射撃場でリコイルの確認とエイムの練習をしておこう。
毎日少しずつでもやれば上達すると何かの動画でみたからだ。
♦♢♦
しばらく練習しているとmmからメッセージが届いた。
―――― SNS【mm】――――
『ごめんロキ!』
―――― SNS【mm】――――
いつも挨拶から入るmmが珍しく唐突に謝罪としてきた。
―――― SNS【mm】――――
『どうしたの?』
『ちょっと今日一緒にゲームできないかも…』
『別に大丈夫だけど何かあった?』
『うん…妹がゲーム教えてほしいって』
―――― SNS【mm】――――
へぇ、mmは妹がいるのか。
―――― SNS【mm】――――
『いいじゃん、一緒にやってあげなよ。おれとりあえず一人で特訓しておくよ』
『ごめんねえ…。明日は絶対に空けておくから!』
『無理にこっちを優先しなくていいからね』
『ううん、私はロキと一緒にゲームしたいの』
―――― SNS【mm】――――そ
こまで言われるとさすがに…なんか嬉しいな…。
―――― SNS【mm】――――
『えーっと…ありがと』
『あ!違うよ!違う違う!久しぶりだからって意味!』
『ああ、そうだよね』
―――― SNS【mm】――――
あー、だめだめ。違うに決まってるじゃん。
何浮かれてるんだよ、おれ。
―――― SNS【mm】――――
『明日も同じ時間でいい?』
『うん、いいよ!』
『じゃあ妹さんとゲーム楽しんでね』
『ごめんね、じゃあね』
―――― SNS【mm】――――
そっかー、できないかあ。
ちょっと楽しみにしてたんだけどな…、まあ明日できるからいいか。
♦♦♦♦♦♦♦♦♦
翌日、おれは合同研究のため莉未と雪弥の所属している研究室に居た。
「嬌太郎、ここはどうする?」
「んー、こうした方が分かりやすいんじゃないかな」
あのスター○ックスでの一件以来、莉未とおれは友好な関係を築いている。
ピピピ、スマホの通知音。
…あれ、おれのじゃないな。
顔を上げると莉未がスマホを取出していた。
「大丈夫?」
眉をへの字にする彼女を心配した。
「瑠美のこと。今日も遊ぼうってさ、学校行けって言ってるのに…」
高校生の瑠美は登校日に関わらずこっちへ来ることが多い。
「遊ぶって、何して遊んでるの?」
「ゲーム。昨日も付き合わされて大変だったよ、大事な用もキャンセルするはめになったし…」
「それは大変だね…」
「あ、嬌太郎預かってよ、暇でしょ?」
こんな風にいたずらに溢れた笑顔を見たのはいつ振りだろう。
「おれは忙しいんですー、なので無理でーす」
うそだー、と頬を膨らませる彼女を笑いながら自然に話しを研究の方へ戻した。
…あれ?そういえばmmも妹とゲームって言ってたな。
莉未もmmも妹と仲がいいんだなあ。
♦♢♦
ー♢ー♢ー♢ー通話中ー♢ー♢ー♢ー
『ロキ、そっちから行って。私はこっちから行くから』
『あ、うん……うわ!やば、二人居る!』
『逃げてて!今行くから!』
ー♢ー♢ー♢ー通話中ー♢ー♢ー♢ー
21時から2時間ほどmmとデュオをやっていたが案の定おれが足を引っ張り勝ちきれずにいた。
ー♢ー♢ー♢ー通話中ー♢ー♢ー♢ー
『少しだけ休憩しよっか』
『うん、なんかごめんね』
『謝ることないよ、上手くなってきてるよ!』
ー♢ー♢ー♢ー通話中ー♢ー♢ー♢ー
自称褒められて伸びるタイプのおれはmmに何度も救われている。
ー♢ー♢ー♢ー通話中ー♢ー♢ー♢ー
『ロキはG8スカウト好きなの?』
『うん、あとオルテネーターが好きかな』
『うーん、一回ボルツとR401使ってみたら?使いやすいよ?』
『そうなの?じゃあ次からそうしてみるね』
ー♢ー♢ー♢ー通話中ー♢ー♢ー♢ー
その後、ようやく800ダメージ前後を安定して出せるようになってきた。
ー♢ー♢ー♢ー通話中ー♢ー♢ー♢ー
『もう何日かやったらきっと上達するよ!』
『ほんと?mmがいたからここまでこれたようなもんだよ』
『え!わ、わたしは何も…』
『ん?』
『ううん、何でもないよ…。やっぱりロキとゲームするの楽しいな』
『そうだね、おれmmとゲームするのが好き』
『え!?』
『あ!ごめん…別に変な意味じゃないよ?』
『あ、ああそうだよね!うんうん』
『な、なんかごめん』
『ううん、今日はもう遅いからやめておこうね!ばいばい!』
ー♢ー♢ー♢ー通話中ー♢ー♢ー♢ー
プツッ
あ、切られた…。
最悪だ…変なこと言うんじゃなかったなあ。
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それから1週間ほど二人きりで練習し、今日の夜から3人目のメンバーである雪弥(廃リバー)が練習に参加することになった。
「いいか、雪弥。絶対におれのことを本名で呼ぶなよ?もちろんおれも雪弥のことは廃リバーと呼ぶ」
講義前に席で周りに聞こえないようささやく。
「分かってるよ、僕だって伊達に3年間実況者やってないからね。ロキくんって呼ぶよ」
雪弥はおれより歴は浅いが登録者数はほぼ同じ、だがそこに関してはあまり深くは考えないようにしている。
「楽しみだね」
雪弥はゲームの話しとなると途端に積極的になる。
mmとも上手くコミュニケーションをとってくれるだろう。
♦♢♦
20時になり、おれと雪弥(廃リバー)、mmの3人で初めての通話を始めることになった。
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『おつかれー』
『…あ、お疲れ様です…』
『おつかれさまです。えっと、廃リバーです、mmさんよろしくお願いします』
『あ、はい…mmです。よろしくお願いします…』
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あらら、二人とも固いな…とくにmmはひどい。
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『あーのさ、これから大会に向けて通話する機会多いだろうからもう少し肩の力を抜いてやっていこうよ。とりあえず敬語やめてみよ?』
『そうだよね…mmさんよろしくね』
『こっちこそ…よろしく廃リバーさん』
『いいね、まあ徐々に話しやすくなっていくよ。さっそくだけど練習する?』
『そうだね、僕ときょう…じゃなくてロキくんはランクが違うからカジュアルでやろうか』
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今…本名で呼ぼうとしたよな、雪弥のやつ…。
まあmmは何も気にしてないようだったからいいけど。
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『私も二人とランク違うからカジュアルだね』
『廃はプレデター、mmはダイヤでおれはゴールド…』
『だ、大丈夫だよ!ロキは上達早いもん!』
『そ、そうだよロキくんなら大丈夫!』
ー♢ー♢ー♢ー通話中ー♢ー♢ー♢ー
…とりあえずがんばろ。mmも上手いと思っていたが、雪弥はそれを優に上回っていた。
おれはキルされて足を引っ張ることのないよう必死に二人についていった。
ー♢ー♢ー♢ー通話中ー♢ー♢ー♢ー
『廃リバーさんめっちゃうまい!』
『mmさんも上手いじゃないですかー!』
『最後なんて1人で3人に勝ってましたよね!』
『いやいやあれはmmさんが割ってくれたからやれたんですよ!』
ー♢ー♢ー♢ー通話中ー♢ー♢ー♢ー
まあこうなりますよね。
ー♢ー♢ー♢ー通話中ー♢ー♢ー♢ー
『あ、あのぅ…』
『あ…』
『ロキも……いい感じだったよ!』
ー♢ー♢ー♢ー通話中ー♢ー♢ー♢ー
なんだその当たり障りのない返しは。
ー♢ー♢ー♢ー通話中ー♢ー♢ー♢ー
『ごめんね、なかなか上手くいかなくて』
『まだまだ時間あるから大丈夫だよロキくん』
『そうだよロキ、一緒に練習しようね』
ー♢ー♢ー♢ー通話中ー♢ー♢ー♢ー
昨日までいい感じだったんだけどなあ…。
ー♢ー♢ー♢ー通話中ー♢ー♢ー♢ー
『mmさん本気出したらプレデターこれそうじゃない??』
『えー、無理だよ』
『できるよ!一緒にやってみたいし!』
『…だめだよ』
『え?』
『mmはダイヤ帯でいいんだよ』
『どうしたの?ロキ…』
『おれが…おれがせめてプラチナまで上がるから』
『ロキくん…?』
ー♢ー♢ー♢ー通話中ー♢ー♢ー♢ー
あれ、今おれなんて言った…?
ー♢ー♢ー♢ー通話中ー♢ー♢ー♢ー
『あ、いやなんでもない!ごめんごめん』
『ロキくん疲れちゃった?』
『あー、そうそう疲れたんだよー、あはは』
『…ロキ』
『mmもプレデター目指して頑張ってみなよ』
『うんうん、頑張ろうよmmさん』
『待つよ。ロキが来るの』
『え?』
『私ロキと一緒にランクやる』
『mm…』
『…ごめん、もう寝る時間だから切るね。二人ともありがと、またね!』
〈mmさんがログアウトしました〉
『mmさんどうしたんだろ』
『…おれも落ちるよ』
『え?』
『また明日にでもやろうな』
〈ロキさんがログアウトしました〉
『えぇ』
ー♢ー♢ー♢ー通話中ー♢ー♢ー♢ー
―――― 早く行かないと、プラチナ…いや…ダイヤ帯に。




