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十三話

 ゲームは、ヒロインであるクララが王都の祭りに出かけるところから始まる。



 ヒロインは家は特権階級である貴族とも、神に仕える神官とも違う。

 王都から少し外れにある入り組んだ細い路地の奥にある小さな家に生まれたごくごく普通に少女だ。

 その日、たまたま知人に誘われ、彼女は初めて王都の祭りにやってきた。

 そこで彼女は自分の中に隠されていた力を――女神の力を知ることになる。


 その祭りこそ、レオノーラたちが向かっている祭りだ。

 レオノーラは揺れる馬車の車窓から外を眺める。

 郊外の屋敷から王都の中心にある、祭りの会場までは最短距離で行けばそれほど時間がかかることはない。

 だが、祭りの当日ともなれば大通りは当たり前だが、そこに続く道も人と出店でごった返しているはずだ。現に先ほどから馬車は微動だにしない。


「旦那様、この先は馬車で行くのは難しいかと」


 申し訳なさそうな従者の言葉に、レオノーラはちらりと車窓から通りを眺める。

 と、同じように会場へと向かう馬車の列で、通りはひどい混雑だった。

 このまま待っていたところで到着するのは果たして何時になることか。レオノーラとクリストフは馬車を降りて徒歩で会場へ向かうことにした。


「すまない。こんなに混むとは思っていなかった」


 申し訳なさそうなクリストフに、レオノーラは笑いながら首を振る。


「いえ。珍しいものばかりで楽しいです」

「本当に?」


 伺うようなクリストフに、レオノーラは大きく頷く。

 王都では十日に一度、通りに市がたつのだが、祭りの規模はその比ではない。

 大通りは人でごった返し、城に続く中心通りの真ん中にある広場では、様々な催し物が開かれてる。

 両親に連れられて何度来たことはあるが、祭りが落ち着いたころばかりだったため、これほどまでに賑わいをみせているとは思いもしなかった。

 レオノーラは興味津々といったようすで何度もあたりを見回す。


「本当に人がたくさんですのね! あら? あれは何かしら」

「ああ、あれは木をつかったの小物のようだね」


 そう言いながら、クリストフはレオノーラの腰に手を回し、優しく引き寄せる。


「レオノーラ、気を付けて」


 体が密着する距離に、思わず目を丸くするレオノーラに、クリストフがちらりと笑う。


「危ないから」

「え? ああ、……そう、ですね」


 確かに通りは人でごった返している。見るものすべてが珍しく、ふらふらしているレオノーラは確かに危ないだろう。だが、いくら危ないとはいえこの距離は、近すぎではないだろうか。

 顔をこわばらせるレオノーラをよそ目に、通りに居並ぶ店を見つめる。


「ほら、レオノーラ。あそこは隣国の特産品だ」

「あ……、あの、クリストフ様」

「隣国は色をつけたガラスの細工物が有名なんだ。レオノーラ、何か買ってあげようか」

「あの!」


 わずかに声をあげたレオノーラに、クリストフは立ち止まる。


「ん? どうかした?」

「ど、どうかしたじゃないです。あの……、近くないですか?」

「近い?」


 クリストフはうーん、と首を傾げる。


「そうかな?」

「え? そうですよ!」


 これが近くないというならば、今まではどうだというのだ。

 レオノーラは戸惑うように視線を揺らす。


「ほ、他の人が見たら何か言うかもしれませんし」

「婚約者と一緒にいるのに?」


 おかしそうに笑うクリストフに、レオノーラは眉を上げる。


「クリストフ様が変な風に言われるかも」

「レオノーラ」


 クリストフは優しくほほ笑みながら、レオノーラの唇に指をあてる。指先が軽く触れるだけ。それだけだというのに、レオノーラはまるで魔法にかけられたかのように言葉を詰まらせた。


「何をそんなに心配しているの? 僕としては君とこうして一緒に出掛けられるのをとても楽しみにしていたんだけど、君は違うのかな?」

「……私も楽しみでした」


 ふっと顔を逸らす。と、唇に触れていた彼の指先が離れた。


「……でも、私と一緒にいるといろいろ言われるかもしれません」

「かまわないさ。……いや、むしろ言われた方がいいかな?」

「え?」

「そうすれば僕にとっては都合がいい。いろいろと心配事も減るだろうしね」


 クリストフの言葉に、レオノーラは首をかしげる。

 どういう意味かと尋ねようとしたが、それは人込みによって遮られた。

 王都に続く通りという通りは出店が立ち並び、わずかな隙間や広場には方々から集まった大道芸人たちで、どこを向いてもまさに「お祭り騒ぎ」一色だったからだ。

 その中の一人が笛で何やら音楽を奏でだす。

 瞬間、レオノーラはひゅっと息をのむ。

 初めて聞く曲のはずだ。


――でも、覚えている。この曲は……


 あのゲームのオープニングの曲だ。

 王都の風景をバックにタイトルがうかびあがるオープニングにかかっていた曲そのものではないか。

 と、ふいにレオノーラの脳裏にあのゲームのワンシーンがよみがえってきた。

 それはゲームのオープニング直後のシーンだ。

 もともと恋愛ゲームというだけあって、ストーリーはキャラクター毎に異なるものだが、オープニングだけは別だ。

 物語の始まりは一つしかなく、プレイヤーは攻略した回数だけこのオープニングを目にすることになる。

 それがこの祭りの風景と一緒だったことを、レオノーラはふと、思い出したのだ。

 ヒロインは初めて見る祭りに、今のレオノーラのように浮かれていた。

 だが、祭りというものは人が大勢集まる分、思わぬ出来事も多い。

 例えばそう、店と店のはざまにあるような小さな路地の奥のような場所とか。

 そう思った瞬間、その路地から悲鳴が聞こえた。

 はっと身構えた瞬間、さらに聞こえる怒号と悲鳴。

 クリストフが一緒についてきていた、従者らしき男にレオノーラを預けると、そのまま路地へとむかう。

 その瞬間、レオノーラは気が付いた。

 ここだ。この瞬間だ、と。


「あ! お、お嬢様!!」


 慌てる男の手を振り払い、レオノーラはクリストフの跡を追う。向かったのはレオノーラが見えていたあの薄暗い路地だ。と、そこで見たのは、クリストフが誰かをかばいながら、いかつい男たちと対峙している姿だった。

 複数の男たちに対し、彼はたった一人。

 数の利からすれば、クリストフは圧倒的に不利だ。

 それがわかっているのだろう。男たちの一人がにやにやと唇に笑みをにじませる。


「へえ、一人でオレたち相手にやろうっていうのかい?」


 男の一人がひらりと手をひるがえす。その中には鋭い刃が握られていた。

 ひらひらとまるでもてあそぶかのような動きに呼応して、刃がきらきらと鈍い光を放つ。と、刃をひるがえしていた男が、クリストフにむかってはじかれるように走り出した。


「危ない!」


 レオノーラが叫ぶ。

 と、その声に、切っ先を向け走り出した男の視線が流れる。きゅっと足を鳴らし、クリストフにむかっていた足がぴたと止まった。

 瞬間、クリストフの顔色が変わった。


「逃げろ!」


 クリストフがレオノーラへとむかって駆け寄ろうとする。

 だが、その行方を遮ったのは、別の男だ。刃を突きつけられたクリストフは、すんでのところでそれをかわす。


「……っ」


 舌打ちをし、クリストフが駆け出す。その途中で行く手を遮った男を殴り倒し、そして


「動くな!」


 路地に駆け込んできた、警備の男たちだ。

 刃を向けていた男たちは、駆け込んできた者たちの姿に顔色を変えた。

 彼らはクリストフとは違い、丸腰ではなかったからだ。


「こいつらを頼む」


 クリストフは殴り倒した男を警備に引き渡すと、そのままレオノーラに駆け寄ろうとする。だが


「まって!」


 華奢な手が、彼の腕をひく。

 その声に、レオノーラが視線をあげた。

 と、路地の奥にしゃがみこみ、必至にクリストフの腕をひいていたのは可憐な少女だった。


「……あなたは」


 レオノーラは息をのむ。

 当たり前だ。彼女が見間違えるはずがない。

 前世の記憶の中で、それこそ幾度も見た。

 そのいずれの時にも彼女は自分だった。彼女を通して様々な恋を経験した。だけど、今は違う。自分と彼女は違う。彼女こそこの物語のヒロイン――クララだ。

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